29話目 骨抜きスライム
食事会の終わったあと、私はゲストルームに案内されたのち、すぐさまお嬢様の部屋へ向かった。
入ってすぐ、スライム姿のお嬢様に質問する。
「なぜ、舞踏会の話を言わなかったんです?」
お前な、死ぬぞ。いや、今も死んでるようなものだが、社会的に完膚なきまでに死ぬぞ。
「言う必要がないと思ったもん」
「お嬢様は、そのお体がコンプレックスなのでしょう? だから、洞窟でも黙っておけと言ったではないですか」
「セレーナお姉ちゃんは、さっきも大丈夫って言ってくれたもん」
その相手は、お前を甘い言葉で骨抜きにしようとしてるんだよ。――って、もうなってるな。2つの意味で。
「では、なぜセレーナ様は、ミーケ様の増長を放置しておられるのです?」
「子供の言うことだから、だって」
あ、こりゃダメだ。
セレーナの粗探しなど、するだけムダだ。
魚人が自分から仕掛けてこない理由。それは、社交デビューにあった。
舞踏会で笑いものにするため……そこでトドを完全にツブすため、味方のフリをしていたのだ。
難癖など、つけられるハズがない。
何せ、相手は「優しいセレーナお姉ちゃん」を完璧に演じているのだから。
スライムのお嬢様は、ほんの1ヶ月待つだけで、勝手に自爆する。
利口であればあるほど、わざわざ叩いたりするまい。
むしろ、積極的に優しくしてやり、点数稼ぎに使うだろう。
大丈夫よ、スラヴェナ。あなたを悪く言う人はいないわ――。
このような感じで、無責任に口だけでかばってやればよい。
そして、何の対策もないままデビュー当日を迎えさせれば、ブタの丸焼きが一丁あがりだ。
また、私がスライムのお嬢様から、「魚は怖い」という情報を得ている可能性も予想済みだろう。ミーケやドロテーとの接触でも、その可能性を当然想定しているハズだ。
その場合、セレーナからしたら、やはり「善人」を装ったほうがよい。
私と他者との間に、不信のミゾを作れるから。
私は、心の中でゆっくりと3秒を数えた。
現時点で、セレーナを攻めるのは愚策だ。
ならば、ターゲットはコイツだろう。
「スラヴェナお嬢様。婚約をしていた相手というのはどなただったのですか?」
「ジミーっていう、貴族のボンボンよ。ジャスティア国の、正統スライム王家の傍系だかなんだか言ってたわ」
「破棄された理由はなんですか?」
途端に、お嬢様は口を閉ざした。
「お話しして下さい、お嬢様。破棄された理由は?」
「――太ってた、から」
「ふむ」
「でも、それはアイツの見る目がなかったから!」
「そして、ドカ食いをなさって、さらに太った、と」
「うぐっ……。だ、だけど! 太ってても問題ないって!」
「そこです」
私は手で遮った。
「お嬢様自身は、太ったことをどう思っておられるのですか?」
「パパも、セレーナお姉ちゃんも……。も、問題、ないって……」
「ええ、それはよく分かりました。――それで、お嬢様は?」
お嬢様は、ベッドの上でブルブルと震えた。
「う、うぅっ……」
「お嬢様?」
「あー、もう! うるさいわね!! ほっといてよ!!」
お嬢様はボスンボスンと跳ねた。
「あんたはいいわよね! 骨だから太らないもの! 私の悩みとか、全然分からないんだわ! い~い!? スライムってのはねえ、すっごく変わりやすい生き物なの! ちょっと食べたら、すぐ太っちゃうのよ! ねえ、分かる!?」
――ああ。怒りが爆発してるってことはよく分かるな。
「あたしだって、バカじゃないわよ! 分かってるわ、社交デビューで笑われることぐらい! ――でもね、だから何!? あたしは王女よ!? パパがまた、誰かいい人を見つけてくれるわ!」
権威を振りかざすのは嫌われるぞ。
「だいたい、ガイはいいわよね! リセットとか、何あの便利な技? あたしだって、アンタみたいになれれば、もっと強くてやせたままで……」
「お嬢様」
もういい。
「いつまでも、甘えているんじゃないですよ」
私のターンだ。