27話目 お食事権
私はスライムのお嬢様とともに、ダーヴィド国王たちの待つ食堂へとやってきた。
「ねえ、ガイ……。あなたが、先に入ってて……」
部屋から出ると、本当にお嬢様は小声である。しんどいな、これは。
「分かりました、お嬢様。――待っていて下さいね」
「うん……」
私は、扉の脇に立つ獣人を見た。
「衛兵さん。もしお嬢様が部屋に帰りそうになったら、押さえといて下さい。これは国王の命です」
「ええっ? ヤダ……」
やっぱり逃げる気だったな。
私は頭を振りつつ、食堂の扉を開けた。
「おお~、待ってたよ、今日のゲスト、ガイ君!」
長方形テーブルの奥の細い側に、ダーヴィド国王を始めとした4人が座っていた。
というか、予想より断然小さいテーブルだな。6人掛けを少し大きくした程度だ。
「よお、ガイ」
右側奥の席にいるドロテーが、視線だけ寄越した。
「アタイを待たせるとか、いい度胸してんな」
「失礼いたしました」
深々と頭を下げる。
「ミーは、お利口さんで待ってたニャ~」
左側手前のミーケが、シッポをくねらせる。
「だから、あとでボール……」
「ふふ、今日はダメですね」
「うにゃ~」
耳がしおれてる。カワイイ。
「おやおや」
国王はちょっと驚いたようだった。
「ドロテーもミーケも、ガイ君を知ってるのか」
「まあな」
「ニャ!」
「そうか。なら、セレーナだけかな、初めて会うのは」
「ええ、お父様」
左側奥に座っている魚人の少女が、こちらを見てほほ笑んだ。
「初めまして。わたくしはダーヴィド国王の長女で、セレーナと申します」
「お初にお目に掛かります、セレーナ王女様。私の名前はガイギャックス。ガイとお呼び下さい」
「分かりました、ガイ」
おお……初めて王族らしい受け答えをされた気がする。
「なんでも、妹のスラヴェナを助けていただいたとか。ありがとうございます」
「お褒めにあずかり、恐縮です」
コレだよ、コレ。こういうやりとりを待ってたんだよ。
セレーナは、白い肌にしっとりとした長い銀髪、そして青い瞳をしていた。他の3人が褐色系だから、けっこう目立つ。
「ああ、この肌ですか? 魚人やスライム族は、とりわけ母方の特徴が出やすいようですの。なので、スラヴェナも白いですわね」
おっと、話が出たな。ちょうど良い。
国王の方へ向き直る。
「ダーヴィド様。スラヴェナお嬢様のお付きになる件ですが、お受けしたいと思います」
「おお、受けてくれるか!」
「つきましては、ひとつお願いごとが」
「うん、なんでも言ってくれ」
んー、実際のこういうときって、「なんでも」は言えないんだよな。
「先ほど、スラヴェナお嬢様よりお聞きしましたが、今晩より、食事会に復帰したいとのこと。陛下、よろしいでしょうか?」
「おお! そりゃもちろん! みんなもいいかな?」
「アタイはいいぜ」
「ミーもOKだニャ」
「もちろんですわ」
ま、そりゃそうだろうな。
この食事会への参加は、「権利」という話だ。国王がいいと言ってるのに拒否するのは、相応の理由がいる。
あと、すでにお嬢様の食事も配膳されてるし。むしろバレバレだよな。
私は扉を開け、「どうぞ」とお嬢様を呼んだ。
おずおずと、スライムの姿で入ってくる。
「さあ、お嬢様。こちらへお掛け下さい」
私は椅子を引いた。
しかし、お嬢様はためらっている。
「あー……、スラちゃん」
国王が不安そうに言った。
「そのままの姿でも座れる椅子にするかい?」
「い……いいえ」
お嬢様は、青い光に包まれた。光が消えると、丸々と肥えたトドではない、人間の姿になる。
「だ、大丈夫……です」
お嬢様は椅子に腰かけた。王家の椅子はさすがに頑丈で、お嬢様の体重がかかってもビクともしない。
「よく戻ってきてくれましたわ、スラヴェナ」
セレーナが、いとおしむような表情でうなずく。
「家族で、一緒に食べましょう。ね?」
「――はい」
お嬢様の目がうるんでいる。
私が着席すると、国王が指を組み、みなもそれに習った。
「大地の恵みと、命と、そして作り手に感謝を」
「感謝を」
お嬢様は、こうして食事会に復帰した。
あと、一口食うまで忘れてたが、私はガイコツだった。
食事ができた。
すごいな。ガイコツって、食う権利あるんだ。