24話目 孫の手って理不尽
鍛練場の真ん中にある、一番豪華な正方形の中で、私は竜娘のドロテーと向かい合った。
「あ、先に言っとくけど、自分から場外いくとか、イキナリ投了みたいなダッサいのはナシな! 『アタイが王女だから攻撃できませーん』とか、そんな配慮したらブッ飛ばすから!」
それも手だが、今回は使えんな。
といって、勝ちすぎたりしたら、ドロテーママや周りの男衆が黙っていないだろう。
――あくまでも、これは、「ドロテーが勝つ」ことを前提に組まれた試合だ。その証拠に、私が、素手どころか骨までさらけだしてるのに、誰も「武器は?」などと尋ねてこないしな。
やれやれ。この場では、筋肉こそがモノを言うとしたら、私の体は発言権ゼロだ。
「よし! じゃあ行くぜ! 始め!」
自分で開始を告げたドロテーは、木剣を持って襲いかかってきた。スピードもパワーもありそうだ。
なので、まともに戦わない。
私はバラバラになった。
「はぁ!?」
呆気に取られたドロテーが、とまどっている背後でリセットを行い、体を再構築する。
「お嬢! 後ろに!」
「えっ!?」
周りは口出し禁止だろ。でも遅いがね。
腹から孫の手を出し、ピタリとドロテーのうなじに当てる。
「これで勝ちです」
「――なんだよ、ガイコツ! そのワザは!? しかも、孫の手って!?」
「ええ。『手』ですよ」
「理不尽だろ!?」
なんでもありはどこ行った。
「アタイのシマじゃノーカンだから!」
「では、お嬢様も武器をお捨て下さい。私も『孫の手』を使いましたから対等でしたが、次は使いませぬゆえ」
「うぐっ……いいぜ! 勝負してやらぁ!」
やれやれ。
すぐさま第2戦が始まった。ブンブンと拳を振ってくる。
「すぐにノックアウトしてやるぜ!」
ああ、たしかに速い……が、それ以上にケンカっ早い。コンビネーションという単語を知っているのかアヤしい大振りだ。
バラバラ&リセットを繰り返すと、口々にヤジが飛んできた。うるさいな。
思わず男たちを一瞥した。それと同時に、やるせなさも胸に去来する。
――誰も、ドロテーに「技術」を教えて来なかったんだろうな。
弱い相手なら、現状のままでも倒せる。強い相手なら、ドロテーは本来勝てないだろうが、その場合、相手のほうが色々と考える。
「彼女の親は、ドロテーママとダーヴィド国王である」、ということを。
ヘタに勝ってしまうより、「ははは、ドロテー様はお強いですなあ!」とご機嫌を取った方が、うまく生きられるのだろう。
彼女が、戦闘の真実を知ることはない。彼女が戦闘に立つとき……そんなときは、この国が滅亡しているだろうから。
「おい、骨! 逃げんなよ! 当たりにこい!」
それはイヤだが、近づいてやるかな。
大振りパンチをかわし、引き手と釣り手をガッチリと押さえて組む。
「お? 骨がアタイと格闘するってのか!? 面白い、受けてやるよ!」
上腕骨をもってぐいぐいと押してくるので、あえて過剰に引き、出方を見る。
「へぇ……? ナニたくらんでやがる!」
ヤバさを感じたのか、ドロテーは後ろへと体重をかけた。足のかかとで踏んばっている。
――そうかい、ならコレだ。
すかさず体重を前にかけ、ドロテーの右脚の裏をキレイに刈り上げる。
バターン!
「――え?」
倒れたドロテーは、何が起きたのか分からないといった様子だ。
私は素早く左腕を切り離し、それで喉元にさわった。
「オシマイです、ドロテー様」
「は……はぁ!? お前、こんな足を払っただけのワザで終わるかよ!? アタイはピンピンしてるだろ!?」
「ドロテーよ、そなたの負けじゃ」
おっと、ママ登場。
「そこの骨は、そなたの『力』の動きを見ておった。力がどこに掛かっておるかをのぉ。――ワザについては得体がしれぬが、そなたが倒れて、骨がノドに手をつけた。先ほどは孫の手、今は切り離した手じゃがな」
「だから、理不尽っ……!」
「戦場ならば、剣が刺さっておるぞよ? 突き付けられた以上、終わりじゃ」
「ぐっ……! で、でも……」
「ほほ、ドロテー? 自ら告げたルールを破るのかえ?」
「うぐっ……」
ドロテーは、がっくりとうなだれた。
母親がゆっくりと近づいてくる。
「骨よ。そなたの名は何と申す?」
「ガイギャックス……ガイとお呼び下さい」
「では、ガイよ。今のワザは何と申すのじゃ?」
「大外刈、と申します」
「ふむ。――技の体系があるのじゃな?」
「はい」
鋭いな。さすが戦闘種族。
「このような武道の技を、柔道と申します」
「JUDO……早速、取り入れるかのぉ」
即決かよ。強くなることには余念がないな。
「さて」
ドロテーママは、足のストレッチを始めた。――ってオイ、何してんだ。
「ガイ。今度は妾と手合わせじゃ」
おいおい。
「お戯れを」
「ほほほ。良、い、な?」
「――かしこまりました」
受けなきゃ殺すと、目が言ってた。
まったく……理不尽な伏魔殿だ。