22話目 トドとモフモフ
スラヴェナお嬢様の部屋の位置は、衛兵が知っていた。
「こちらです、ガイギャックス殿」
「ありがとうございます」
聞くと、私は国王のゲストということになっているらしい。その情報がすでに共有されているあたり、どんな魔法を使ったのやら。
部屋の前でノックをする。
「スラヴェナお嬢様、ガイギャックスです」
返事はない。
ノブに手をかけると、カギは掛かっていなかった。スッと開けて扉を閉める。
「そうなのよ、モフモフ。あたしのこと、みんな全然分かってないの」
「それは大変だったね、スーちゃん」
お嬢様は、奥で誰かと話しているようだ。城内でのかぼそい声とは違い、ハッキリ聞こえる。
――いや待て。そんな相手がいるなら、ここまで追い詰められてはいないハズだ。
そっと奥の様子をうかがうと、豪華な天蓋付きベッドに、人間体となったスラヴェナお嬢様が横向きで寝転がっていた。
「ねえ、モフモフ? あたしさあ、誘拐されて帰ってきたのに、誰も大変でしたねーって言葉がないのよ? ヒドイと思わない?」
「スーちゃんは、許してあげるの?」
「ええ。あたしは寛大だからね」
「スゴイね、スーちゃん。一番エライよ!」
――こいつは、マズいな。
お嬢様は、等身大のモフモフの抱き枕をなでつつ、1人2役で喋っていた。
波に打ち上げられたトドとでも言おうか。背中姿は、そんな言葉をほうふつとさせる。
「ねー、モフモフ? さっきだってそう。変なガイコツがさー、ミーケに誘惑されてホイホイついてったの」
「あ~、男ってみんなそんなもんだよねー」
「婚約破棄した貴族といい、ガイコツといい、みーんな、あたしの魅力に……」
反動をつけてゴロリ、と寝返りを打つ。おお、その体でよく反転できたな。
賞品は、「私と目が合ったで賞」だ。
「――え? ガ……ガイ?」
抱き枕を持ったまま、ブルブル震えるお嬢様。
「いつから……いたの?」
「ノックはしましたよ」
「いつからいたの!?」
「『あたしのこと、みんな全然分かってないの』のあたりからですね」
「イヤ~!!」
スライムのお嬢様は、すぐさま青い光に包まれた。光が消えると、スライムに戻る。
「ガイ……。その、だ……大丈夫だった?」
「ええ。ミーケ王女でしたか? カワイイお嬢様ですね」
「えっ!? う、ウソッ……。そんな……ガイまで取り込まれちゃった、の……?」
「ああ、逆です。――トリコにしました」
「ふぇ?」
「ご安心下さい」
スライムのお嬢様の上部に、優しくゆっくりと手を置く。
「私は、お嬢様のお付きですよ」
「――ああ、あぁぁあああん……!」
スライムが大泣きした。
私の心は、お嬢様とミーケが出会ったときに決まっていた。
正確にお付きとなるのは、国王に返事をしてからだが……彼女に伝えるなら、早い方がいい。
「怖かったの……! あたしのガイまでどっかに行っちゃうんじゃないかって……! 取られちゃうんじゃないかって……、ずーっと怖かったのよー……!!」
――なるほどな。こうやって、勢力を削がれてきたのか。
誘拐騒ぎとて、アヤシイものだ。他の派閥が仕掛けてきたことも十分ありうる。
知恵も力も美貌もない。やってもやっても、結果が出ない。それを責められ、自信もない。ないない尽くしで、やる気もない。
完全に、ダメダメスパイラルに陥ってるな。
そのとき、大きくノックの音が聞こえた。
「おーい、骨ー! 親父のゲストなんだろー? アタイとちょっと、手合わせしてくれよー!!」
ベッドを振り返る。
「え、えっと……ドロテー、お姉ちゃん……」
義肢を伸ばし、抱き枕のモフモフをぎゅっと抱きしめている。
「竜人で……一番の、武闘派……」
「おーい! いるんだろー!? 出てこいよー!」
しまったな……市場でトカゲのエサなど買ってないぞ。
たしか、コオロギとかだったか? 公園で取ってくれば良かった。