21話目 子守りだけが知っている
私は、猫幼女のミーケの部屋へと連れ込まれた。
「フフン! スゴ~いミーを楽しませるニャ! 出来なかったらクビ、出来たら召使いにしてやるニャ!」
どっちもお断りだ。
私は、ミーケの手にしたボールを指差した。
「ではまず、それをお渡し下さい」
「これは、スゴ~いミーのものだニャ」
「今から、素晴らしいものをご覧に入れますゆえ」
「へ~。なら、やってみるニャ」
一礼して受け取ったのち、ゆっくりとしゃがみ、床で左右に転がしてみせる。
「コロコロ~、コロコロ~」
「……ニャ?」
「コロ~ッと、コロコロ~」
「あ、あわわ……」
ふむ、やはりか。さっきも、転がったボールへまっしぐらだったものな。
猫は動くものに反応するらしい。とくに、小さい猫などは、好奇心の塊だろう。
ときおり緩急をつけて、変化をくわえる。そっと気配をうかがうと、ミーケは「はにゃ~……」と、口をだらしなく半開きにしていた。ボールの動きに、ただただ首を振るばかりである。
――頃合い、だな。
「ミーケお嬢様も、おやりになられますか?」
「ニャ!?」
「楽しいですよ? ――ええ、とっても」
悪魔の誘惑。
ミーケは、ふらふらと近寄ってきてしゃがみ込むと、猫手で左右にボールを転がし始めた。
「ころころ~、ころころ~。――ふにゃ、えぇっ? た、たったこれだけの動きニャのに……、あぁ、なんで……? なんでワクワクするんだニャ……?」
「フフッ……。存分にお楽しみ下さい」
おやおや、他愛ない。第2、第3の悪魔は必要なかったか。
しかし、あれだな。丸まって、「ごろごろ~、ごろごろニャ~」とやる猫は、結構カワイイものである。
これは、ロリではない。決して。
ころころ遊びに興じること10分あまり。
険が取れて、すっかり丸くなったミーケは、ハッと気付いて私を見上げた。
「こ、こんな悪魔の道具でミーをもてあそぶとか、イケナイんだニャ! お母様に、言いつけてやるんだニャ!」
「おや」
問題ない。想定の範囲内だ。
「ですが、その場合は、ミーケお嬢様がお叱りを受けると思いますよ?」
「な……なんでだニャ?」
「これは、ボールです。――ええ、ただのボールです。ごくフツウの、市場で売られているような、つまらないボールですとも」
「――ニャニャ?」
「つまり、ミーケお嬢様は、魔法の品でもないボールに心を奪われ、まんまと釣られてしまったのです。このことを、自らお話しなさるのですか?」
「ニャ!?」
ほら、かかった。
「『フツウと違う』『自分はスゴい』……それを常に意識しておられるミーケお嬢様が、このようなフツウの品に飛びついて、しかも、恥じらいもなくニャンニャン遊んでおられた……お母上が知ったら、どう思われるでしょうねぇ」
「にゃ、ニャニャ……ああ~、ダ、ダメだニャ……。や、やめるニャ……!」
頭の猫耳を押さえて、ガタガタ震えるミーケ。
――ああ、そうだよな。この子が悪の権化のハズがない。
スライムいじめを助長した、周りの大人がヒドいんだ。
私に、幼児虐待の趣味はない。むしろ心が痛い。いま、心臓はないが。
「ご安心下さい、ミーケお嬢様」
ある程度追い詰めたので、今度は逃げ道を作ってやる。
「ヒミツはお守りします。私がまた訪れたときは、色々な道具をお持ちいたしますよ」
「ニャ……!? こ、これよりスゴい道具が……?」
「いえいえ、フツウの物です。――ですが、道具とは使い方しだいなのですよ?」
「じゃ、じゃあ来るニャ! ミーのもとで、専属になるニャ!」
おっと、予想以上にどハマリしたな。
「ミーケお嬢様。これは訓練です」
「くんれん?」
「はい。今は楽しいひとときでしたが、いつまでもこの動きに惑わされていては、優れた猫人にはなれませんよねえ?」
「うっ……たしかに、そうだニャ」
「私は、ふだんはスライムお嬢様のお付きをやっております。そして、たまにうかがって、ミーケお嬢様が耐えられるかどうか、そのテストを行いたいと思います」
「いや、来るニャ!」
「ありがたいお話ですが……ちと、やり過ぎてしまうかもしれません」
「ニャ? どういうコトだニャ?」
「快楽とは、恐ろしいものです。徐々に耐える力をつけねばならぬ所を、焦ってやり過ぎた場合……戻れなくなりますよ?」
少しだけ、オドシも入れておく。
効果はてきめんで、猫の耳からシッポまで、ブルブル~ッと震えていた。
「ふふっ……大丈夫です。私の言いつけを守って訓練すれば、キチンとご成長なさいますよ」
「わ、分かったニャ、骨」
「ガイギャックス。――ガイとお呼び下さい」
「分かったニャ、ガイ。い、行ってよしだニャ。――あのぉ、ボール、置いてってくれないかニャ?」
「おやおや、心が惑わされておりますね。今はまだダメです」
「はうぅ~」
「じっくり、頑張りましょう?」
「――だニャ! がんばるニャ!」
チョロい。
私は、ミーケを易々と手玉に取ったのち、悠然と部屋を後にした。