20話目 フツーのお姉様
城へ向かって【高速飛行】をしていたが、近づくにつれ、スライムお嬢様の反応が急激にニブくなっていった。
「お嬢様? お城の話などお聞かせ下さい」
「ん……うぅん……」
声も小さく、のっそりとしている。やっと聞きとっても、拒絶の言葉だけだ。今までが明るかっただけに、落差がいちじるしい。
“夢が終わり、悪夢が始まる”
そんな態度を、全身で表しているかのようだ。
国王はため息をついた。
「僕には、4人の妻と4人の娘がいてね。それぞれ、分け隔てなく愛情を注いでいるつもりだったが……、スラヴェナの母、マーサが亡くなってからは、城でのスラヴェナの居場所が自室だけになってしまっているんだ。家族や城内の者には、よく言い聞かせているから、僕の目の前では彼女への悪さをしないんだが……」
国王は歯切れが悪かった。
だが、合点もいった。
この国王なら、1家族の問題であれば容易に収められると思ったからだ。
4家族が、全て仲良しこよしというのは空想である。
とくに、政治的思惑が絡めば、ドロドロであろう。
それぞれに派閥を作ると想定した場合、母を亡くし、不出来な存在と目されているお嬢様に味方するお人好しなど、ほぼいない。
さらに、そのお人好しも、プレッシャーをかけられた結果、別派閥に鞍替えしたり、辞めさせられたりしていくだろう。
結果、ますます孤立する。
私に命を託した事で、よく分かった。
今のお嬢様は、崖っぷちにいる。
私は国王を見た。
お嬢様の父親は、誰よりエライ。
だから、「無力な自分」でも甘えられた。
父も、それが分かるからこそ、べたべたに娘を甘やかした。
スライムのお嬢様は、その後、城に着くまで、自分から喋ろうとはしなかった。
――やれやれ。これなら、クソ親子の脳天気さが続いてくれたほうが、万倍マシだったよ。
イェーディルの城下町を迂回して、城門前へと着地する。
国王は、自分が城を案内するといってたが、すぐさま男の牛人がきて、執務に引きずられていった。
「ごめんね~、ガイ君」
「いえ、お気になさらず」
「スラちゃんの部屋で待機してて~」
実に悲しそうな目でドナドナされていった。
「それでは、部屋へ案内してください……お嬢様?」
反応の薄いスライム姫をつつくと、「あ、ええ」と答える。
――これは、重症だな。
皮肉なものである。牢屋で出会ったが、お嬢様の精神は生き生きとしていた。
私はぐるりと辺りを見渡した。頑丈な石壁づくりに、立派な柱。実に見事なモノだが。
――この城こそ、巨大な牢獄だ。
私は、腹からボールを取り出して、ジャグリングを始めた。
だが、少しやっただけで手からこぼれてしまう。
「ヘタクソね……ガイ」
「肉がついていた頃はうまかったのですよ?」
「ウソ……元からヘタだったんでしょ」
当たりだよ。
まあいい。お嬢様の反応が少しはあった。
ボールが城内の廊下をコロコロと転がる。
「ったく……しょうがないわね」
お嬢様が、スライムの体でよじよじ取りに行く。かたつむりよりノロいんじゃないかというほど遅い。
そのときだった。
「ああ~! フツーのお姉様だニャ~!」
背後からの幼女の声で、お嬢様の動きは完全に止まった。
私を追い抜いていき、お嬢様をも追い抜かす。
10才ぐらいの猫人だろうか。ボールは、彼女が代わりに拾う。
「きゃはは! どんくさいニャ~!」
褐色の肌に黒髪のショートカット、そして白い猫耳とシッポ。なかなかに可愛らしいが、笑顔には嘲りの色が見える。
「スゴ~いミーより、断然遅いニャ~!」
「えっと……うん。ミーケより遅いや、ハハハ……」
ああ、たしかにお嬢様は遅かった。
何せ、今まで見た速度の半分以下だ。
――肩書きが人を作る、というのを聞いたことがある。
元々は社長の器でなかった人も、選ばれてからは次第に社長らしく振る舞い、ついにはどこに出しても恥ずかしくない社長になる、という話だ。
サラリーマン、学生、自営業。はたまた、夫、妻……。肩書きというのは、無数にある。
今のお嬢様は……「どんくさいスライム」という役割を、押しつけられている。
「そうそう、フツーのお姉様? 今度は、そこの骨がお付きになるのかニャ?」
「えっ……そ、それは……」
「スゴ~いミーが、採用試験してあげるニャ♪」
スゴ~いワガママ猫は、許可も取らずに私の右手を握った。
「フツーのお姉ちゃんにふさわしいお付きかどうか、スゴ~いミーが判定してあげるニャ♪」
「あ……」
「アァ~、なんてスゴ~くエラ~い妹だニャ♪ ニャ~、それでいいニャ、フツーのお姉さま?」
「あ……う……ハイ」
「決まりニャ♪ 行くニャ、骨」
幼女に引っ張られていった。
やれやれ。条件だけなら楽しいシチュエーションのハズだが、こうまで胸クソ悪くなるとはな。
スゴ~くエラソーな猫娘の子守り、か。
これは、再教育のしがいがありそうだ。