185話目 骸骨王、ガイギャックス
私は、すぐに意識を取り戻した。
「良かった、ガイ……」
お嬢様が涙を流している。
私は、そんなお嬢様の頭をポンポンと叩くと、その手で土手っ腹を刺し貫いた。
“なっ!?”
お嬢様は、信じられないといった目で私を見る。
「ガ、ガイ……なんで……?」
――違う、お嬢様! 私ではない!
取り押さえようとしてきたモーフィーの背後に、指の骨をバラまいてリセット。白魔法の使い手であるピエールにも骨リセット。さらには、空を飛ぶピルヨにも上腕骨ごとブン投げてリセット。次々と地面を血に染める。
「オロカナリ、王女ヨ……ファファファ」
私は【高速飛行】を使い、今まで来た道をあっという間に戻っていった。
「おお、ガイ君!」
ゴブリンとの戦闘は終わったようで、国王が手を挙げる。
「敵を倒してきたようだね。――ところで、スラヴェナたちは?」
「ヤスラカナ、場所ニ」
不意打ちで国王の腹にも抜き手を放つ。
「がはっ……!」
「国王モ、ドウゾ」
そこからは地獄絵図だった。ブリジッタやマルヨレインなど、名だたる白魔法の使い手を率先して屠っていく。
「ガイ、ちくしょう!」
ドロテーが刃向かってくるも、黒魔法で国王らに『二度目の生』を与えてやると、あっさり撃沈した。
「ファファファ……人間ハ、モロイ」
次々とバラバラになってはリセットを繰り返し、実に速やかに私の軍団が出来上がった。
「デハ、凱旋ダ」
全員でソネの町を蹂躙し、さらに手勢を増やすと、そのまま城へ向かっていく。食事もいらないし泣き言も漏らさない、理想的なコマたちだ。
城下町でも、エルフの工場やカレーの店など、私の軍は大いに荒らし回ってくれた。
「ファファファ……良イゾ。悲鳴ハ吾ノ糧ニナル」
そのとき、城から【高速飛行】で逃げていく衛兵たちの中に、ミーケがいた。
「ガイーッ! なんで……なんでみんなをー!」
泣きながら連れ去られていった。
私は、勝手知ったる城へと入り、玉座に座る。
「吾ハ復活シタ。コレヨリ、全テヲ支配シテヤロウ」
そしてドワーフ、エルフ、獣人の国へと侵攻。爬虫人、スライムの国へも侵攻。
魚人の国ヴェスパーは、ネクロの内部勢力が盛り返していた。
「ガイさん……なんで……」
セレーナの最期の言葉だった。
かくして世界は私が支配しましたとさ。めでたしめでたし。
「――ツッコミ所の多い話だな」
私が呟くと、世界はガラスのように砕け散った。
気付けば、真っ黒い宇宙空間のような場所に漂っている。
「出てこい、イーディアス。あるいは、その名を騙る下等生物よ」
「ファファファ……面白い」
少し離れた場所で、私に似た骸骨が姿を現した。
「なぜ幻覚だと分かった?」
「雑だったからな」
お嬢様を刺したときこそ驚いたが、その直後から別のことを考えていた。
なぜ、私の意識があるんだろう、と。
「クソ爺の言葉からして、お前が操っているらしいことは分かったが、なおさら妙だと思ったよ。私という意識がありながらこんなに強いなら、さっさと別の依り代を用意して復活させとけば良かっただろ、とな」
「ファファファ……お前にショックを与えようとした強さが、かえって冷静にさせてしまったか」
「まったくだな」
いったん幻と見抜けば、あとはラクだった。お嬢様や国王が【巨大な盾】を張ってないわ、町や城への移動があやふやだわと、ハッキリ言って杜撰。
「そもそも、なぜ私にコレを見せていたのかまで考えていた」
「ほぉ、なんだと思う?」
「そうだな……少しは入り込めたが、まだ全然足りない。だから、さっさと明け渡させようとして、私の心が折れるのを狙った……そんな所か」
地上げ屋の体バージョンとすれば、つじつまが合う。
「その手には乗れんな、イーディアス。骨の王だけあって、形骸化した手口だ」
「ファファファ……そういうお前は、舌が回るではないか」
イーディアスが近寄ってきた。スケさんと違って、威圧感が凄まじい。
だが、本当にすべての力が振るえるなら、とっくに私は消滅しているハズだ。
度胸ではない。理屈で立っている。
「ガイギャックスよ。お前はなかなか面白い前世を持っているな」
記憶を読んだらしい。――イヤらしいな、この骸骨王は。
「ほぉ……特殊能力をもたぬ種族だらけの世界か。魔法はなく、科学だけが異様に発展しているそうだな。――その情報には価値がある。吾のもとに来い。手厚く歓迎してやろう」
本当に、悪いヤツから好かれるものだ。
「断る」
「そうか。では、吾がお前の知識だけをもらってやろう。お前の精神を粉々にしてからな」
イーディアスの姿がぼやけたかと思うと、そこには人間の女が立っていた。セレーナによく似た女が。
「桃矢さん」
――瀬玲七か。
私の死因のひとつとなった女は、楚々とした佇まいで、上品にほほえんでいた。