181話目 ヴァンパイアハンター・S
周りが見えなくなっていたカラスは、あっさりと私のワナに引っかかった。
“うおおー! 兄者ー、やめろー!”
【力場】に向かって体をぶつけているらしいが、いかんせん霧である。砂粒ぐらいなら問題ないほどの強度にしたから、壊せるハズもない。
「あとは私と大人しく待つだけだ。さてカーマイン、何か言うことはあるか?」
“ううっ、あ、兄者よ……。【力場】の効果も、いずれは切れる……永遠に閉じ込めることなど出来ぬぞ……”
ああ、そうだな。
「だからいいんだ」
“なにっ……?”
永遠のものなどない。だからこそ良い。
気が動転してサッパリ分からないようなので、指を差してやる。
“あ……ああっ!”
そこには、麻痺から解けたお嬢様の姿が。
“お前は王女!? なぜだ!”
「オーホホホ! なぜって? そりゃあもう、王女だからよ!」
カーマインの間抜け面が拝めないのが残念だ。
お嬢様は、ビシッと杖を向けた。
「パパが、特別に高いエリクサーを渡してくれたのよ! 状態異常になったら迷わず摂取しろってね! 吸血鬼予防と違ってこっちは先に飲めないけど、効果はバツグンだったわ!」
“バ……バカなー!”
本当に、顔が拝めなくて残念だ。
国王も人の子である。効果の高い治療薬が少しだけあるなら、まずは身内に持たせるだろう。むろん、使うからには、高い成果を求められるが。
“わ……我が輩の麻痺はカンペキだぞ!? 小娘、キサマの手足はシビれて動かないハズだ!”
「そうね、小瓶だったら開けられなかったかも。だけど、あたしが持ってたエリクサーは錠剤タイプだったのよ。あとは、スライムの姿になって吸収すればいいだけ。――でしょ、ガイ?」
「お見事です、お嬢様」
ふふっ……奇しくもこの洞窟だったな、麻痺したのは。
今回のエリクサーだが、小瓶でなく錠剤タイプを指定したのもお嬢様だ。ちゃんと弱点を克服している。
カーマインがまごまごしてるうちに、お嬢様は悠然たる足取りで【力場】に近付いてきた。
「さてと……霧って言ったわね」
お嬢様は、【力場】の中をターゲットにして、杖を向けた。そのまま、青い光を先端に集め出す。
「赤の蒸発が怖そうだったけど……青も水には強いのよ?」
“あっ……”
お嬢様はニッコリとほほえむ。
「消滅するから、覚悟してね?」
“あああああああああ! やめろー、小娘ー!”
お嬢様は、キビしい表情へと一変した。
「【排水】」
“うわあああああ! カァーッ! カァーーーーッ!”
カーマインの絶叫がこだました。
クソカラスが霧散したら、モーフィーらの麻痺が解けた。
「ワン……王女様、面目ないですワン……」
「大丈夫よ、モフモフ」
お嬢様は犬耳の裏をなでてやっていた。
「みんなも聞いて。今は、たまたまあたしとガイが活躍の番だっただけ。みんなも、きちんと準備をしてるから、出番は来るわ」
おっと。口ぶりこそ変わらないが、上に立つ者の風格が出てきたね。
「ねえ、ピエールさん。相手はまだそこにいますか?」
「はい、王女様。この周囲には、我らの他にその1人だけです。先ほどと同じ位置ですね」
「じゃあ、準備してから突入しましょう」
【巨大な盾】や【神聖武器】など、呪文の加護をフル活用して、いよいよ奥に進む。
「――む」
「ガイ、どうしたの?」
「クスリの匂いが……いえ、邪な土の匂いがします」
「うへぇ~、アンちゃんの鼻、ごっつ利くからなぁ」
島での顛末をたっぷり聞いたピルヨは、顔の前を手で払った。
「絶対ロクでもないことしよるで」
次第に匂いが濃くなるなか、不意に開けた人工の部屋に出る。大きさは50m四方ほどだろうか、天井もかなり高い。薄暗い室内の床には巨大な魔法陣が描かれており、その縁には所々に土が盛られている。
魔方陣を挟んで反対側には、白衣を着た1人のハゲドワーフが。
「うん~? カーマインはやられてしもうたか~! ふぉっふぉふぉ~!」
――ああ、この声。
間違いなく、かつてのクソ爺だ。