179話目 告白からのゴメンナサイ
カラスはカーとひと鳴きすると、再び吸血鬼の姿に戻って含み笑いをした。
「我が輩は、別の世界で灰になった。しかし、気付いたらこの世界に召喚されていたのだ。強化カラスの魂と融合してな」
召喚された……だと?
「誰にだ、カーマイン?」
「しれた事。ドワーフ死霊術士のダ=ダンザ様よ。兄者も見たであろう?」
ああ。あの、いかれドワーフか。
「我が輩は、つい先日来訪したばかりでな。この世界の生き物がいかほどの強さか、図りかねていた。――しかし、精鋭と思しき連中が、目を合わせただけで麻痺したり、少し噛まれただけで眷属となったり。フフフ……、なんとも取るに足りぬ奴らばかりよ」
好き勝手言ってるな。
カーマインは私を指差した。
「兄者も、ダ=ダンザ様に魂を喚ばれたのであろう。――あのとき我が輩の口が利けたら、すぐに我らの陣営へと来られたのにな。惜しいことをした」
なぜだろう。悪い奴にほど好かれる。
カーマインは、伸ばした手を、スッと差し伸べる形にした。
「歓迎いたそう、兄者。ダ=ダンザ様も、大層お喜びになる」
おぉ、色男に口説かれたよ。心がまったく弾まんがな。
「カーマイン。ダ=ダンザとやらは、どこに?」
「少し向こうで待っておられる」
ピエールの様子をうかがうと、コクリとうなずいて見せた。
「そいつの言うとおり、奥に1人いるな」
「フフフ……嘘はつかぬよ。強者が何を恐れようか」
なるほど。ならば、やる事はひとつだ。
「お嬢様方、ここは私に任せて、奥へ」
「大丈夫、ガイ?」
「もちろん。――カラス1匹追い払うのに、人手はいりませぬ」
わざと大声で言ってやると、ヴァンパイア・カーマインが深紅の目をギラつかせた。
「残念だな、兄者。我が輩たちと袂を分かつとは」
「元より別々だ。それに、お前たちの陣営はクサそうだからな」
クスリ漬けの鼻つまみ者など、キツすぎる。私もつまみたいぐらいだ。
お嬢様たちが、カーマインの横を通り抜けようと走って行く。
「失礼」
「いえいえ」
ギラリ。
瞳が光るや、お嬢様が固まった。
――なに!? 発動が速い!
「ワン!? こいつっ!」
モーフィーがカーマインに斬りかかるも、すかさず視線が合う。
「光速に敵うものか」
鼻で笑うや、モーフィーも倒れた。
「くっ!」
ピエールは目をつむって治療系呪文を唱えだした。
「おぉ……浅知恵だな」
カーマインが石を投擲して頭に当てる。思わず目を開けた瞬間、あえなくその場に倒れる。
「フフフ……少年たちであったら《魅了》も行いたかったぞ。残念だ」
カーマインは、ピルヨを見た。
「飛ばなかったか。鳥のくせに賢いな」
「あ、あわわ……」
「倒れておけ」
ひと睨みでピルヨも倒れた。
カーマインが、私に向き直る。
「兄者。この女たちはどうでもよい。我が輩は、兄者に来てほしいのだ。相性もバッチリだと思うが、如何かな?」
熱烈なラブコールだな。
私は腹から銀の短剣を出して構えた。
「断る、クソカラス」
「残念だ。兄者を《魅了》して没個性にするのは忍びなかったが……やむを得ん」
「ガイ!」
お嬢様が叫ぶので、手を振ってやる。
「大丈夫ですよ」
「そうだな、兄者! 我が《魅了》は万全だ! 骨の髄まで受けよ!」
深紅の瞳を真正面から見返し、棒立ちとなる。
「あぁぁ、ガ、ガイ……!」
「フフフ……兄者よ、我が輩たちと行こうではないか、温かい闇の中へ」
「分かった」
「おお……!」
カーマインのほほに赤みが差した。
「あ、兄者……。出来れば、我が輩をカー君と呼んでほしいのだが……」
「もちろんだ。――カー君」
「フハハハ……う、嬉しいぞ。兄者もそうだろう……?」
近寄ってきたカーマインに、ゆっくりとうなずいてやる。
そのまま、自然な動きで心臓にザシュッとひと突き。
「なにぃっ!?」
慌てて飛びすさるカーマイン。苦悶の表情を浮かべつつ短剣を引き抜く。
「どういうことだ……兄者!」
「自分で言ってて気付かなかったのか」
眼窩を指の骨でグルグルと撫でる。
「私に目はないぞ。どうやって目を合わせる気だ」
「うぅっ、ぐぐ……な、ならば、血を吸って《魅了》……ハッ!」
「ああ、いいぞ。吸ってみろ」
私は鷹揚に骨の両手を広げた。
「相性が良い? 独りよがりの幻想だな。――お前と私との相性は最悪だ」