178話目 黒い始祖
動きを止めさえすれば治療できる。何も、1対1を行う必要はないのだ。
とくに、【ホーリーライト】をものともしない、チーム『消耗品』のメンバーには、青魔道士の【ストップ】で対処した。この魔法、ターゲットにも取りづらく、準備時間は非常に長くて効果は短いという欠点だらけのシロモノだが、「確実に止まる」という絶大な利点がある。相手の猛攻を前線が防ぎ、青魔道士が【ストップ】を使用。これにより、吸血鬼と化した護衛たちを、慎重に治療していった。
私も、お嬢様を襲う冒険者の前に、【力場】の壁を展開した。
「ガイの壁、ちょっと壊れづらくなったのね」
「こっそり練習しておりました」
ナイフのような1点突破には弱いが、面で突進してくるものには1度止まらせる効果がある。同時に複数枚の壁を出せるようにも修行したから、何枚も重ねて張ることで、向かってくる動きは止まる。ガムシャラにブチ割っている間に、モーフィーやピルヨらが背後からワクチン接種していった。
相手が魔法を唱える場合は、お嬢様が【中止呪文】をし、ピエールは【ホーリーライト】で基本的な強さを弱体化させる。
その甲斐あって、お嬢様班はノーダメージで解毒薬を注射していくことができた。
「終わったわ~!」
全員に打ち終えたとき、お嬢様班はみんなで喜んだ。
「モフモフ、ピヨピヨ、ありがとう! ガイもピエールもね!」
――ふむ、精神的にも余裕が出てきたな。
そこかしこで快哉を叫ぶ兵士たち。思わず気が緩みそうになるが、【生命感知】を使っていたブリジッタが険しい表情となる。
「陛下。洞窟の外から大勢の生命反応が」
「なに? 種族は分かるか、ブリジッタ?」
「おそらくゴブリンかと」
「数は」
「1000を超えます」
大侵攻クラスの数に、ざわつく一同。
ゴブリンをも噛ませる気だったのか、それとも、単に兵力を増強する気だったのか。
「それと陛下。いま、大きく対象を取ったさい、この洞窟のさらに奥から、もう1体ヴァンパイアの反応が」
「ふむ。冒険者と兵士はすべて確認が取れた。ということは……」
そいつが始祖。「最初の1体」か。
「ブリジッタ。ヴァンパイアはどっちに向かっている?」
「我々とは反対の方向に動きつつあります」
「追わねばならんな……だが、ここでゴブリンを撃退する必要もある」
どっちもやらないといけないのが国王のツラい所だな。
ワクチンを打った人間は鍾乳洞の一角にまとめられていた。未だ復活の兆しがない以上、ここで防がねばならない。
「お父様! スラヴェナが追います!」
お嬢様が名乗りを上げた。
「わたくしのチームにお任せ下さい!」
国王は、お嬢様を見たのち、私に視線を移した。
「頼む」
「命に代えましても」
私は深々と一礼した。
鍾乳洞の奥は、再び細い通路になっていた。
「こちらです、王女様!」
【生命感知】の使えるピエールの先導で進む。
まったく気にしてなかったが、ガイコツ、狼、ダークエルフと、実は暗視の出来るメンバーだらけだったんだな。お嬢様も、国王の遺伝で暗視が可能だし。
「待ってぇや、自分ら!」
――訂正。鳥は鳥目だった。
「早い、早いて、アンちゃん!」
「ピルヨさん。【暗視】かけてもらったでしょう」
「あれでやっとフツーなんやて! 光源少ないと、暗ぅてサッパリや!」
「ワン! うるさいんだワン!」
モフモフ、そこまで神経質にならなくていいぞ。
どうせ足音でバレてるから。
「王女様。――相手が、止まりました」
「え? こっちに気付いたってこと?」
「おそらくは」
追跡は向こうも分かっているはずだ。つまり、探知系魔法を使って、「追っ手の数」を調べたのだろう。
そして、人数が少ないと知り……返り討ちにする気なのだ。
少し開けた天然洞窟の中央で、タキシードに黒マントを羽織った色白の男がいた。ニヤリと笑う口には牙が覗く。
「久しぶりだな、スケルトンの兄者よ」
お嬢様たちが私を見るので、首を横に振る。
「生憎、見覚えがありませんね。惑わせる気なら、もっとうまく言ってください」
しかし、ヴァンパイアはやけに余裕があった。
「カカカ……この姿では分からぬか? ならば、これでどうだ」
ヴァンパイアはマントを翻すと、漆黒のカラスにその身を変えた。
――お前は!
「カーマイン!」