177話目 母娘の戦い
ドロテーは、衣装と同じく金色の手袋をつけていた。
「お袋。あたいは竜人のジジババに鍛えてもらったぜ? もう、昔のあたいじゃねえ。どっからでもかかって来いよ」
「ほほほ……では遠慮無く」
一瞬で間合いを詰めたコルネリアは、ドロテーにミドルキックを決めた。
「どうじゃ? 妾のスピードとパワーは更に上がってしもうたのぉ。ドロテー、お主もヴァンパイアになると良い」
「ハッ、ごめんだね!」
ドロテーがお返しにハイキックを放つも、コルネリアはミリ単位で回避する。
「甘いのぉ!」
「そうだなっ!」
ゴスッと鈍い音がした。コルネリアは呻き声を上げてその場に膝をつく。
「いつもギリギリでかわすもんなあ、お袋は!」
ドロテーは、高々と上げた足を、踵落としへとつなげていたのだ。
「コンビネーションってのを覚えたんだよ!」
「ほほぉ……小賢しいのお」
コルネリアは犬歯をむき出しにして笑うと、パンチの連打を繰り出した。
「そんな技、妾の圧倒的な強さの前には無力じゃ!」
「ぐぐっ……ナメんじゃねえ!」
ドロテーも殴り合いに応じた。高さを取った方が有利なのだろう、ブワッと翼を広げ、お互い激しく体勢を入れ替えて空中格闘を披露する。
「ほほほ、終わりじゃあ!」
黒いオーラをまとったコルネリアが、ドロテーの胴体に尻尾を叩き込む。
「うおおー!」
ギリギリで、翼を羽ばたかせて地面との激突をさけたドロテーだったが、押され気味なのは否めない。
「ちぃっ、この衣装って、銀糸に黄色を塗ってるって聞いたんだけどな……」
いや、待て。いろいろ待て。
「ドロテー様。少なくとも、その衣装一式に銀は使われてないです」
「ウソだろ!?」
こっちの台詞だ。
「ともかく、あたいがお袋の動きを止める! そしたら注射してくれ!」
依然としてコルネリアとの戦いは不利だった。他に吸血鬼は多いため、お嬢様たちはそちらの戦線を手伝っている。ピエールの【ホーリーライト】は有効だが、やはり【闇】で消されてしまう。決定打にはなり得ない。
「お袋! これで勝負をかけてやる! ジジババに習った最強の絞め技、ドラゴンテールチョークだ!」
ドロテーはコルネリアにタックルをかけ、寝技に持ち込んだ。縦四方固のようなマウントポジションを取って、尻尾で首を押さえつける形である。
「終わりだ、お袋ォ!」
「抜かせ! お主の技は、すでに妾も修得済みじゃ!」
コルネリアは激しく体を揺すり、タイミングよくひっくり返した。
「うっ!?」
「のお、ドロテーよ! ドラゴンテールチョークとは、これの事じゃろ!?」
「あがが……!」
一転、今度はドロテーが押さえ込まれた。このまま、意識をなくしたら終わりである。
「ほほほ、他愛もない……」
「ぐ、くそっ……」
「無駄じゃ、ドロテーよ! 妾が全神経を集中すれば、お主にひっくり返す術なぞないわ!」
「か、必ず返す……!」
「ほほ、強情じゃのぉ! 次に目覚めたときは、みなヴァンパイア……じゃ……」
コルネリアは、急にフラつきだした。ドロテーへの押さえ付けも弱まっていき、いつしか最強の絞め技は解ける。
「へ、へへっ……。よお、ガイ……。よくやってくれたぜ」
「いえ、ドロテー様こそ」
コルネリアの首筋に、私がワクチンを注射した。
尻尾まで使った絞め技は、完璧に極まれば脱出不可能だが、それはあくまで1人の場合だ。
「多人数戦で、背中を見せるのは自滅ですね」
ドロテーが、ぐったりした母をどかして立ち上がった。
「お袋の弱点は、あたいが技をかけたら、可能な限りその技で返してくることだ。つまり、あたいが絞め技をしかけたら、お袋も絞め技で返してくる」
「ドロテー様が技を狙った時点で、目的はほぼ達成していたというわけですね」
目的は、倒すことではない。治療だ。
「頭脳プレー、お見事でした」
「へっ、言っただろ? あたいはコンビネーションを覚えたってよ」
かつてのドロテーなら、最後まで1人で倒そうとしただろう。
今は、自分が至らないことが分かったら、しっかりと切り替えた。
――殻を破ったな、ドロテー。
黄金色の王女は、すぐに次の戦いへと身を投じていった。




