173話目 魚心あれば水心
イェーディル城に到着すると、一足早く帰っていたスラヴェナお嬢様が出迎えてくれた。
「ガイ~!」
「ただいま戻りました」
「ワテも、ワテもやで~!」
空気読め、鳥。ここは王女様とお付きによる感動のシーンだろ。
早速部屋へ向かうと、離れていた時の情報をお互いに交換した。
「そう……セレーナお姉ちゃんは、厳しい教師だったのね……」
「ええ。自ら率先して険しい道を歩まれました」
「そっちもメチャクチャ大変だったってわけね」
「お嬢様の方もですか?」
「そうなの!」
よくぞ聞いてくれたと、大きくうなずくお嬢様。
「あたし、アホだったわ~! ジャスティアの腹黒さをナメてた! よくガイを置いていくとか言ったわね!?」
「ダーヴィド国王と一緒だったハズですが?」
「うん……。パパが代わりにいなかったら、完全に終わってたわ……」
同行していたモーフィーとピエールは苦笑している。
「拙者が見る限り、余裕たっぷりでしたワン!」
「そうですよ。王女様を相手にしていた貴族たちこそ、タジタジでしたから」
「ん~ん、2人はヒイキしてくれるけど、違うの!」
お嬢様は大きく首を横に振った。
「あたしが変わったのは、まだ見た目だけなのよ。ここをツッコまれたらイヤだなあってトコ、何度も言われたもの。そのたびにパパがフォローしてくれたけどね」
「お嬢様。そうだとしても、自分からジャスティアに協力を求めようとしたのは、ものすごい成長ですよ。首尾はどうでしたか?」
「それは、バッチリ!」
自慢げに親指を立てるお嬢様。
「ちゃんと非常時の協力を取り付けたわ。それとね、スケルトン種族への偏見もなくすよう、法整備もしてもらったから。――あ、もちろん、そのものズバリじゃなくて、よく読むと偏見できなくなってるっていうパターンね」
「おや。随分と鍛えられましたね」
「そりゃあもう。ムカつく貴族と、散々やりあいましたから」
ふふっ、よく頑張ったよ、お嬢様。
王族は、セレーナとコルネリア以外みな帰っていた。それぞれ困難はあったものの、無事に協力を取り付けている。
セレーナの件については、遠距離通話によって重要事項は伝達済みだが、雑事が漏れていたのでブリジッタに伝えておいた。
「ガイギャックスさん」
「何でしょうか」
「これは、スラヴェナ王女に関する話です。――今いる皆様にも、ぜひ聞いていただきたいのです」
ブリジッタは、王族や護衛らを見回した。
「わたしは……スラヴェナ王女の母、マーサ王妃を疎ましく思っておりました。驚異的な魔法の力や技術はもちろん、陛下のご寵愛を受けておられる姿が」
「ブリちゃん……」
「ええ、陛下。実はそうだったのです」
ブリジッタは、寂しげに国王を見てほほ笑んだ。
「あなたは、分け隔て無く愛して下さいました。すべて……わたしの妬みです」
ふとマルちゃんを見ると、顔を曇らせていた。まだ遠征中のコルちゃんも、いたら同じような表情だっただろう。
「わたしは、彼女に激しい劣等感を覚えました。なぜ彼女がいるのだろう。いなくなってしまえばいいのにと」
おいおい、まさか。
ブリジッタは、軽く首を振った。
「病気は、本当に偶然でした。いざ不治の病に冒された彼女を見ると、親切にしてしまう……卑しい性根の持ち主なのです」
ふぅ……最悪のことはしでかしてなかった。
しかし、凄まじい懺悔だな。
「彼女が亡くなったあと、スラヴェナ王女が残されました。本来ならば面倒を見るべきです」
ブリジッタは、お嬢様を見てすぐに顔を伏せた。
「けれども……わたしにも娘がいました。セレーナです」
いつしか、涙を流し出す。
「わたしの血を受け継いだセレーナと、マーサ王妃の血を受け継いだスラヴェナ王女……。わたしは、自分のせいで娘がスラヴェナに劣るかもしれないというのが、怖かった!」
ブリジッタは顔を手で覆った。
「直接、妨害を指示したことはございません……。けれども、魔力測定の水晶球を粗悪な物にすり替えたり、スラヴェナ王女への悪いウワサを流したりといった、ネクロ教団の動きを放置しておりました……。国を弱体化する動きでも、娘に都合がよければ放置したんです……」
――娘のためを思っての行動か。
セレーナが2重国籍だったのも、イェーディルが危うくなったらヴェスパーに逃げ込むためだったんだな。
ブリジッタにとって、完全に裏目となったが。
「娘がヴェスパーで生きると決めたとき、わたしは自分の至らなさをまたもや痛感させられました……。セレーナは、すでにわたしの想像を上回る成長を遂げていたのだと。勝手な枷をはめていたのは、わたしだけだったのだと」
ブリジッタは、お嬢様に深々と頭を下げた。
「すでに、ネクロの息のかかった者は排除しました。あなたには、本当に申し訳ないことを致しましたね」
「――ブリジッタ様。よく、正直にお話しして下さいました」
お嬢様の顔は慈愛に満ちていた。
「これからも、一致団結して戦っていきましょう」
――本当に、成長したな。