172話目 さらばヴェスパー
セレーナ評議員の初登庁を、私は傍聴席で見守った。
北の議員はすでに座っていた。全員喪服で、反ドラッグ陣営にはロッセッラ、サルヴァトーランジェロ、テレーザが、ドラッグ陣営にはトビアとマッダレーナがいる。3対2だ。
南の島の議員が入場してきた。やはり喪服で、ガブリエーレ、ジャコモに続き、ディアマンテを従えたセレーナが登場だ。
――補欠の方が堂々としてるな。
船長急死のニュースは、大々的に報じられた。裏の顔を隠したまま死んだため、みな哀悼の意を表して喪服なのである。
ノヴェッラ婆さんの席にセレーナが座ると、対岸からロッセッラが声を掛けた。
「ヴェスパーにようこそ~、王女様ァ~ン」
「はい。しばらくご厄介になります」
余裕の返しに、ロッセッラはつむじを曲げたらしい。すぐさまターゲットを鹿ビッチに移した。
「ね~、あなた男と盛ってンでしょ~? 今度遊ばな~い?」
「え!? い、いや、アタシ女だし……ですし!」
「ア~ラ、お姉さん気にしないわ~? どっちでもホイホイ食べちゃ~う」
「ひえぇ~!」
おやおや、そのお姉さんに気に入られたか。やったね、ビッチちゃん。また少し寿命が伸びるよ。
評議会が開始し、まずは議長の選出となった。順当にガブリエーレが選ばれる。
セレーナが手を挙げた。
「本来の議案がございましたが、まずはクスリについて。生前、フェリーチャ船長はクスリ撲滅のために尽力されておりましたが、彼女ほどの人物でも魔が差してしまいました。天涯孤独で遺書もなかったようですし、経営されていた病院は、国でしっかり管理していきたいと思います」
異議なしの声が上がる。――えげつないね。船長の財産を差し押さえだ。もし「もらえる権利がある」などと抜かす奴がいたら、そいつはネクロ教団だから、確認が取れ次第、【魔弾】をブチ込むわけだな。
テレーザが手を挙げた。色白な彼女も、今日は黒服だ。
「それでは、みなさま。イェーディルへの協力法案の賛否を問いたいと思います」
「グハハ……では、賛成の者は挙手を」
テレーザ、セレーナが挙げて、ロッセッラと猿も賛同する。慌ててディアマンテも手を挙げると、クスリ陣営の3人も従う。
カメが木槌を2回叩いた。
「全会一致だな」
見事に可決された。
イェーディルからの護衛組は、シビッラを除いて一足早く帰っていた。
「わたしは、セレーナ様のお付きです。大事なときに休んでいたのは痛恨の極みですが、右手の腱鞘炎以外は復活いたしました。どうか、再びお側に仕えさせて下さい」
「シビッラ……ええ、もちろんよ」
2人はしっかりと抱き合った。
ネクロ教団が報復してこないかと思っていたが、ドン・マウロやヒゲの元議長が暗躍しているらしい。
『おっほっほ……マリーノの奴め、よほど議長席が退屈だったでおじゃるな。お供の爬虫人を連れて、アジトをツブして回っているでおじゃる』
奴らも総力戦だったらしく、カネと人員をあらかた吐きだしたようだ。その根元を叩いているから、ネクロ教団は私たちへのちょっかいどころではないのだと言う。
『ほっほ、密漁系のシノギも取り締まりたいでおじゃるな。クスリで汲々としたネズミは、海へ出てくるでおじゃるから』
はいはい、クスリに溺れさせようとしていた奴らが、海で溺れるんだな。
『ガイ殿、本当に残らぬでおじゃるか? 海産物は美味でおじゃるよ』
「ありがたいお誘いにございますが、私が去ることで作戦が完遂いたします。何より、私はスラヴェナお嬢様のお付きですので」
『左様か。その王女は、よほどの傑物であろうな』
そう言われると苦しいな。総合力だとセレーナに負けてるだろうし。
まあ、これからだよ。
私とセレーナの別れは、ひっそりと行われた。
「セレーナ様は、本日が誕生日だったのですね」
「ええ、そうよ。2月14日」
「仰って下されば、何かプレゼントをご用意いたしましたのに」
「いいのよ。特大のものをもらったから。可決をね」
セレーナは顔をほころばせた。
「最後に、聞いていいかしら?」
「なんなりと」
「わたくしとセレナって、似てた?」
私は苦笑した。
「いえ、まったく似てません」
「アラ、好きだったんじゃないの? わたくしの顔や姿が好きなら、今度こそはって、思ったことなかった?」
「いいえ。むしろ、あなた様のお顔はこりごりでした」
「けっこう失礼ね、ガイさん」
シビッラを始めとする護衛らも笑う。随分打ち解けたものだ。
「ガイさん。――みんなによろしく」
「かしこまりました」
さらばだ、煮干しの日生まれの王女よ。
私は1人、イェーディルへの道を歩き始めた。
2週間ほど、孤独な旅か。悪くないな。
そう思った矢先。
「アンちゃ~ん! 待ってや~!」
――おいおい、ウソだろ。
振り向いた上空には、1羽のハーピーが。
「いや~、島はお祭り騒ぎも終わったやろ? 絶対飽きるで~」
「ピルヨさん……離れて下さい」
「なんでや、アンちゃん!?」
うるさいからだよ。
この瞬間、賑やかな帰国が約束された。