17話目 命はあざなえるナワのごとし
「あたしはね、貴族も貴族、大貴族。イェーディル城の王女様なのよ」
私が黙っていると、お嬢様は自嘲気味に笑った。
「でもね……、全然エラくないの。パパ……ダーヴィド国王からはそれなりに愛されてるけど、他の姉妹からは何も出来ないってバカにされてるし。婚約だって……ええ、そう、あたしにも婚約話があったのよ?」
え、このプクプクスライムに?
信じられん。
「あ、いま信じられないって顔した」
お嬢様、あなたは骨の鑑定士になれる。
「分かるわよ。――あたしも信じられなかったもの」
スライムのお嬢様は、核から義肢を放した。途端に、魔力が私へと流れ込んでくる。
少し、楽になった……? マズい!
「お嬢様!」
「でも、ダメね……。お城との血縁関係を結びたいって相手すら、あたしを見たら破棄しちゃった。えへへ……そいつ、すっごい無礼よね」
「お嬢様!」
すぐに跳ね起きて、お嬢様に核を押しつける。
私が楽になった……つまり、お嬢様への魔力供給が切れたということか!?
「それでもね、まだ、少しは痩せてたのよ……? そこからヤケ食いして、もっと太ったけどね……」
「お嬢様……!」
核をくっつけても、お嬢様に魔力は流れ込まない。
お嬢様が何か細工をしたのだろう。私には……分からない。
「あたしは、いらない子だったのよ……。だから、誘拐されたとき、実はちょっと嬉しかったの。『ああ、やっと価値を認めてくれる人が出てきたんだ』って。牢屋は……ちょっと臭かったけどね」
「や……やめて下さい……」
失恋して、ドカ食いして、何も出来なくてバカにされ、あげくに死ぬだと……?
それは……!
そ、それは……!!
前世の、私じゃないか……!!
「よく聞いてください、お嬢様」
私はハッキリと言った。
「あなたを認めてくれる人は、必ずいます」
「ウソよ」
「お父上が認めてくれます」
「ええ……ダメな子だってね」
内心舌打ちする。
「私が認めます」
「――そうね。あなたには、助けられたものね……」
お嬢様は少し笑った。
「だから……私の命を、あなたに使うの……」
私が押しつけていた大きな核を、お嬢様はやんわりと義肢で押し戻した。
「魔力をつないだから、それを持ってパパの所に向かって……。お城は、日の沈む方向にまっすぐよ……」
「お嬢様!」
「他人のものでも、1日ぐらいはもつはず……。あぁ、パパなら大丈夫。誰にでも、優しい、か、ら……」
「お嬢様、お嬢様!? ――おい! スラヴェナー!!」
スライムの形が徐々に崩れていく。巨大な青いゼリーの外観が、少しずつ低くなり、代わりにのっぺりと広がっていく。
「スラヴェナー!!!!」
「おいおい」
背後からの声。
慌てて振り向くと、褐色の肌に尖った耳をした男が立っている。
「私の娘を大声で呼んで、いったいどうした?」
「あっ……」
なぜいるのか、分からない。
だが、「娘」と言った。
それでは……この人が。
「ダーヴィド、国王……」
「いかにも」
若そうな風貌だが、ファンタジーのダークエルフという種族は、不老と聞いたことがある。
身長は、180より少し高いだろうか。簡素な旅装束でも、堂々たる王の威厳が感じられた。
「娘に持たせていた小瓶。あれを【追跡】していてな。今まで妨害されていたが、ようやくその魔力をキャッチしたのだ」
ああ、あの解毒剤の瓶。――なるほど、常に持ってる品だ。
お嬢様……助かりましたよ。奇跡はあるらしいです。
歩み寄ろうとした直後。
杖を構えられた。
「おぅ、ガイコツ。人の娘を誘拐して、あげくに核まで取り出すとはな。楽に死ねると思うなよ?」
奇跡……私にはないかもしれません。