169話目 流れるな私の涙、と警官は祈った
――さて、気合いを入れようか。
私はフェリーチャ船長の方に歩いて行った。
「船長、ご覧のとおりです。セレーナ候補を敗北させました」
「ご苦労様でしたね、ガイさん」
船長にうやうやしく頭を下げる。
ちらりとセレーナを見やると、口パクすらしていなかった。
「――え? な、なんで……?」
「おや。『なぜ』とは妙なご質問ですね。こちらの方が待遇が良かったので移っただけですよ?」
頭蓋骨をトントンと叩いてみせる。
「冷静にお考え下さい、セレーナ候補。1000票を争うような、町内会の選挙じゃないんです。握手や笑顔で1万票は変わりません」
「じゃ、じゃあ……。みんなが足を棒にして戸別訪問したり、声を枯らして呼びかけたのは……」
「ヤケになって、暗殺などを考えさせないためですね」
だから、最終盤にひっくり返ったのは、本気で驚いたよ。空中戦で、カラスやウグイスが頑張ったからだな。
敵のキジにやられたが。
「人は、目的があるとそれに向かって頑張れるものです」
セレーナと周りの護衛とを、順繰りに指差していった。
「みなさんは、脇目も振らずやってくれました。真の目的を隠すためにねえ」
「すべて……あなたの思い通りってわけね」
「はい、お疲れ様でした。――ああ、骨折り損のくたびれ儲け、と申した方がオシャレでしたか?」
今のが最高にイラつかせたらしい。護衛たちが口々に罵ってくれる。いやはや、耳障りだね。ないけど。
「うぇーい、何なに~? 骨のニイちゃん、マジモンのスパイだったの~?」
「ええ」
「うぉー、カッチョイイ~!」
「ははは、簡単に潜り込めましたよ? 何せ身軽なものですから」
「うぇーい! アタシも身軽~! こっちは船長に任せときゃ全部安心よ~、うぇーい!」
ハイタッチをせがまれたので応じてやる。
そこに、しかつめらしい顔をしたバンビーナが現れた。
「すみませんが、ディアマンテ議員」
「うぇーい?」
「あなたは、更生したといえども、クスリにハマった方です」
「アレ? 誰かと思えばヘタレちゃんじゃ~ん! チョリーッス!」
そのテンションに、バンビーナは少しひるんだものの、すぐさま杖を向けた。
「ク、クスリをまたやってないかどうか、検査させてもらいます」
「えー? 差別だ差別ー。議員はエラいんだからよー、お前のクビなんかすぐ飛ばせっぞー、コラー」
船長がやんわりとたしなめようとした所で、私がすかさず割って入った。
「おやおや、これは泣き虫バンビーナさんですね」
「――ガイさん」
お宅訪問時よりも眼光が鋭い。
本当にお前ってヤツは、敵だと強いな。
私は苦笑しながら首を振ったのち、鹿ビッチをずいと押し出した。
「フェリーチャ船長のような優れた議員とは、いささか違いますよね、ディアマンテ議員は」
「え、あれ? 骨のニイちゃん?」
「どうぞ、お調べ下さい」
「――分かりました」
バンビーナは、【薬物探知】で入念にディアマンテを調べ始めた。
船長が話しかけてくる。
「ガイさん、そのような事をせずとも……」
「出過ぎた真似をいたしました、フェリーチャ船長。なれど、さっさと調べさせた方が、速やかに片付くかと」
「――まあ、そうですね」
近くで見守っていると、バンビーナが首を傾げた。
「妙な感じですね」
「はぁ? 何言ってんの!? アタシもうクスリやってねーし!」
「ええ、ですからディアマンテ議員ではなく……近くに薬物の気配がします」
バンビーナが、私と船長の方を見るので、軽く手を挙げた。
「疑り深いですね。左下エリアの時と違って、所持していたら逮捕していいですよ」
「言われずともそうします」
入念にチェックするが、もちろん持ってない。
次は、船長に杖を向けた。
「お調べしてもよろしいでしょうか」
すかさず、船長の護衛たちが凄むものの、船長が手で制す。
「どうぞ。やましい所はないですからね」
「ありがとうございます」
バンビーナは衣服を調べたのち、ふと、頭の上にあるかざりに杖を向ける。
「む! 船に反応あり!」
途端に、船長の護衛が色めき立った。
「おい、小娘。自分が何を言ってるか分かるか?」
小声での脅しに、一瞬ブルッと震えた子鹿だが、杖は船長に向けたままだ。
「フ、フェリーチャ船長。帽子を取っても、よろしいでしょうか」
「――どうぞ」
静かに船の飾りを持ち上げ、机に置く。バッチリ監視された状態で、船の内部をあらためる。
「ありました」
そのとき、入り口から顔の右半分が崩れた男を先頭に、裏の護衛がゾロゾロ入ってきた。
「嬢ちゃん、そいつは苦しいな」
「大方、医療行為の一環で持ってたのが紛れたんだろう」
あっという間に、強面の護衛たちに囲まれる。
「新米の嬢ちゃん。なんで他の警官が助けに来ないか分かるか? 無理筋だからだよ」
「うっ……」
「カン違いだよな。でないと、人生が終わるぜ?」
片手で胸を押さえたバンビーナは、今にも決壊しそうな瞳で船長を見据えた。
「フェリーチャ船長。――あなたを、逮捕します!」