168話目 勝敗
市役所の大広間に、候補が全員集合した。有力候補から泡沫まで、20人ほどである。
それぞれの陣営が護衛やスタッフを引き連れているから、随分にぎやかだ。もちろん、バンビーナを始めとする警官たちも、多数配備されている。
壇上では、市長が懐中時計を見ていた。シニャーデ島は午後7時から開票らしい。
カウントダウンが行われた。
『3、2、1、ゼロ!』
開始と同時に、市長がガブリエーレを扇子で指す。
「ガブリエーレ候補、当確でおじゃる」
――ゼロ打ちかい。出口調査で分かるんだろうが、結構シュールだな。
噛み付きガメは、グハハと笑いつつ席を立った。
「よし、ヴァンダ。いつも通り、城で宴会だ!」
「あんまり羽目をハズしすぎないでね、パパ」
カメの親子は、気分良さげに新聞記者のインタビューに答えたのち、ノシノシ退場していった。
ややあって、市長は次に船長を指す。
「フェリーチャ候補、当確でおじゃる」
「はい。――皆様、ご支援ありがとうございます」
船のかざりを脱いで、方々に頭を下げる。その後はまた頭に装着だ。
30分ほど遅れて、3人目は。
「ジャコモ候補、当確でおじゃる」
「やった、あっしでやんすー!」
――ここまでは、波乱なしか。
今までの候補は、右下、左上、左下と、エリアの票を固めたのが大きい。
勝負は、ノヴェッラ婆さんの孫2人に絞られた。
お互いが右上を主戦場としているため、最終的にどの程度取るのか、読み切れない。
「セレーナ様。右上エリアは、2対1ぐらいでセレーナ様が取ってますね」
「ええ。だけど、他のエリアからぽつぽつディアマンテに票が入ってるわ」
そのとき、左上の沿岸地域から、ディアマンテの票が一気に加算された。
「えっ? あそこは船長の票なハズ……あっ!」
セレーナが口元を押さえる。
――そうだな。船長が、鹿ビッチに票を渡したんだ。
海運の岩盤票を、5000ほど回せばディアマンテにゲタをはかせられる。クスリ陣営に勢いがあるからこそ出来る、力技だ。
逆に、噛み付きガメは、その勢いが怖くて、セレーナに票を回すどころでは無くなった。同じく5000ぐらいなら回せただろうに。余裕ぶってたが、内心ヒヤヒヤだったんだろうな。
1匹のケモノに近づいた方が、選挙は強い……か。
ノォ婆さんは、昼間に無理をしたせいか、すでに病院だ。
他の泡沫候補は、記者に「敗者の弁」を述べたり、あるいは帰ったりしている。
気付けば、本気で情勢を聞いている陣営は、私たちと、船長&鹿ビッチの2つだけになっていた。
ゆっくりとお茶を飲んだ船長が、これまたゆっくりと頭飾りを置いた。
「長くなりそうですね。花を摘みに行ってきます」
ああ、トイレな。
たしかに、長丁場となった。100票入っては100票入れられ……といった構図が、延々と繰り返されていく。
しかし、とうとう均衡が崩れた。
『キューブ工場の地域票、これで全部です!』
格段にセレーナ有利だった組織票を、使い果たしたのだ。
そこからは、セレーナに100票入るごとに鹿ビッチに100票入れられ、また鹿ビッチに100票……と、次第に引き離されていく。
――開票率50%の時点で、5000票差か。
当日の「売国奴の証拠」記事に加えて、ダメ押しのごとくつぎ込まれた船長からの票の融通。
あまりにも、厳しかった。
ハーピーたちの居住区域も完全に開いた所で、市長が扇子を向けた。
「ディアマンテ候補、当確でおじゃる」
「え、マジでっ!? うぇーい! ヤッベ! マジヤベー!」
はしゃぎまくる鹿ビッチとは対照的に、セレーナはただじっと、己の拳を握りしめていた。
――勝負はついたな、セレーナ。
よく見ると、歯を食い縛り、必死に涙をこらえている。
「ごめんなさい……みんな、頑張ってくれたのに……わたくしが、至らなかったばかりに……」
護衛たちも、口々に「自分たちこそ頑張りが足らなかった」と言っている。
しかし、早い話負けたのだ。
敗者には、残酷な現実が待っている。
「うぇ~い! 勝っちった、ざまぁ~!」
ディアマンテが、ドヤ顔で煽ってきた。
「ねぇねぇ、セレーナお姉様~? 王女の身分も捨てたのに負けちゃって、今どんな気持ち~?」
「くっ……」
「ねねねね~、あたしに聞かせて~? うぇーいうぇーい! あ、『うぇーい』しか言えないみたいにバカにされたから、超ガンバってみた~、うぇーい!」
頭の悪そうな煽りが、素晴らしく神経を逆なでしてくれる。
「まっ! 次があったら頑張って~ぇ! ないかもだけど、キャハッ!」
――次、か。
ああ、たしかに存在しない。
ミシェルの予知夢では、敗北したセレーナはネクロ教団に殺されるそうだから。
鹿ビッチが離れたのち、セレーナは私にも頭を下げた。
「あなたも、よくやってくれたわ……。ありがとう」
「勝負はまだついてませんよ」
「往生際が悪いのね。結果は出たわ。それとも、時間を戻せたりするの? そんな魔法知らないけど」
「私も知りません」
ああ。そんな魔法は使えない。
手品は得意だがね。