164話目 堕ちたる者
船長にお呼ばれした会合は、つつがなく終了した。
「フェリーチャ船長。代理の私だけの参加となってしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、よろしいのよ。お忙しい中、ガイさんだけでも足を運んで下さって良かったわ」
相変わらず、会うたびに死臭が強まっているが、船長は元気いっぱいだ。死神もこの匂いはイヤなのか?
「ガイさん。この後、内輪で集まりがありますから、ぜひ参加なさって下さい」
いつもと違い、警備がものものしい。病院の地下で懇親会を行っていたが、脱出をさせない配置だろう。
「ええ、私も船長とお話ししたかったです」
嬉しそうに返事をしておいた。
そして私は、同じ会議室にて、人相の悪い魚人どもに囲まれていた。
船長が、盗聴防止用の装置を発動させる。
「さて、ガイさん。どのようなおつもりで、護衛に言わせたのかしら?」
「ドラッグマネーの件ですか」
「ええ、わたしがクスリ漬けだとか」
ふむ、図星か。
ヘタに弁明をしたら、今日が命日だな。死して屍、拾う者なし……すでに骨だが。
私は頭蓋骨をなでた。
「船長へのアピールにございます」
「あら、どういう事かしら」
「私は現在、セレーナ陣営の選対長に収まっております。――ええ、セレーナを落とすための、絶好のポジションに」
対面のフェリーチャをうかがうと、ゆっくりお茶を飲んでいる。
「あぁ、どうぞ。続けて」
「はい。あなた様ならお分かりのことと存じます。クスリ撲滅の旗頭となっておられる、フェリーチャ船長ならば」
自分たちは同じだと説きつつ、恭順の意を示す。
船長は、頭の船飾りを下ろした。
「ガイさんの力を借りずとも、別に良いのですけれどねぇ」
「ごもっともです。しかし、小者を追い詰めたら、ヤケになって暴発するやもしれません。暗殺、毒、爆弾……万一の危険は、常に孕んでおります」
「そうですわね」
「私は、選挙で船長のお手を煩わせることなく、『頑張った。でも、ダメでした』という結果に着地させます。実は、これを手土産に、フェリーチャ様の陣営に取り入ろうと考えておりました。こうして接触できたのは僥倖です」
骸骨型のランプが照らすなか、船長は笑みを浮かべた。
「嬉しいけれども、あなたは口が上手いでしょう? 舌で丸め込まれるかも」
「いえいえ、滅相もない。私には舌がありませぬ」
骨ジョークに、船長は吹き出した。
「ええ、ええ。わたしはガイさんの事を信じるわ。イーディアス様と同じ種族ですしね。けれど……それでは納得しない人も大勢いるの。分かる?」
「はい」
今ニラんでくれてる強面の方々だな。
顔の右半分が溶けた魚人が、私の肩甲骨をつかむ。
「よお、ガイコツ。俺のガイコツを見ろよ」
返事も聞かずに、手にしたドクロを顔へと押しつけてくる。
「口はよくウソをつく。だから、【死の契約】だ。今ぺらぺら喋ったことをもう一度言え。それから外れたとき、お前は死ぬ」
「信用がないですね」
「このまま出してやってもいいぜ、骨? 魔力の核はツブすがな」
どっちみち死ぬ、と。
船長はほほ笑んだ。
「ごめんなさいね。信用は命より重いのよ。彼らのために、命ぐらい懸けられるでしょう?」
御免被るが、言わざるを得まい。
「ヴェスパーに入れば……ヴェスパーに従え、という事ですね」
すぐさま契約の準備がなされた。禍々しいオーラを放つドクロに、手を乗せるよう言われる。
「おう、骨。宣言しやがれ」
「はい。――私、ガイギャックスは、今回の評議員選挙で、セレーナ候補を敗北させることを誓います」
その途端、オーラが丸ごと私にまとわりついた。
「なっ……!?」
「あら、契約は初めて? 彼も命を削って魔法をかけてるの。頑張って、耐えてちょうだいね」
フザけるな! ぐあぁ……!
気色悪さに、たまらずバラバラになるが、オーラは骨の1本1本に染み渡ったらしく、契約が成立したのが分かる。
船長が、ニコニコ顔で見下ろしてきた。
「よかったわ。これであなたも仲間よ」
「――どうも」
「では、今度はわたしの秘密を見せてあげます」
大人しくリセットし、フェリーチャの後をついていった。
向かった先は病室である。
――船長の護衛もゾロゾロついてきたから、さながら総回診だな。
「1日1セットは、欠かさずにやってるのよ?」
船長は、護衛から黒キューブを手渡しされた。もう片方の手は、ベッドに横たわる病人に触る。
「【活力奪取】」
呪文が発動するや、物言えぬ病人がさらに干からびていく。
――なに?
代わりに、船長の肌が少しみずみずしくなる。
「ああ……命のエキスをすするって、快感ね……」
――こいつは、ドス黒い悪魔だ。
「ねえ、ガイさん。人は見られると綺麗になるって言うでしょ? これが本当のわたし……ああ、選挙でも注目の的だし、もっと美しさに磨きをかけたいわ。今日もいっぱい吸うわよ?」
船長は、薬物患者たちを次々とハシゴしていった。
「うふふ……議員の条件はね、生きてることよ。キレイでなければ、生きてる意味がないわ」