161話目 クスリのリスク
子鹿は、一瞬うろたえたようだが、仕事に戻るや表情が引き締まった。なんだ、そういう顔も出来るんじゃないか。
ぶっ倒れたヤク中は収容され、警官は子鹿とハーピーの中年男性だけが残る。
「バンビーナ、この骨は誰や?」
「えっと、ガイという名前で、セレーナ候補の陣営にいる方ですよ、ヴァレンティーノさん」
「ほぉー! せやったか。どや、ガイ君? バンビーナがエラい活躍したやろ? な?」
鹿を見ると、途端に目をそらした。
ふーん、エラい活躍か。しゃがみガードで震えてただけだよな。
「はい。バンビーナさんのおかげで、無事にセレーナ様の出馬を隠しておけましたよ」
「せやろ!? いやー、良かったわ」
自分のことのように喜ぶおじさん警官。うむ、あなたは悪くない。悪いのは鹿だ。
「いっや~ぁ、ほんま最近、このエリアが物騒になってきよってなー。禁断症状で警察病院に運ばれるヤク中が増えたでー。な、バンビーナ?」
「はい。あ、でもガイさんの場合は、ネクロ教信者から色々と貰うことが多かったんじゃないですか?」
「いいえ、まったく」
シラを通そう。そう思っていたら、ピルヨが肋骨をコツコツ叩く。
「あ、あの嬢ちゃんは、あかん……」
は? 何がだ。
その直後、バンビーナが白魔法を唱えた。
「【薬物探知】! 対象はチョコ……つまり、クスリです!」
ぶっ。なんだ、その魔法は。
白く光った杖の先端を、ゆっくりと私に向ける。
「! 反応あり!? ガイさん、あなたクスリを所持してますね!?」
お前、その堂々とした振る舞いをなぜ出来なかった。
内心舌打ちしつつ、首を傾げてみせる。
「クスリ……? ああ、落とし物を拾ったので、警察に届けようと思っていたアレですか」
私は腹から白い粉の袋をいくつも取り出した。
「落としている方がイッパイおりましてねえ」
「え?」
「お体の具合が悪い方でしたら、薬を落とされてお困りのハズ。どうか拾得物として、預かっておいて下さい」
「は、はい」
さっさと押しつけるに限る。
「えぇと……でも、ガイさん。こんなに多くのクスリを拾ったというのは……」
「置いてるようには見えませんでしたのでね。どうにも目ざといのが、私の悪いクセです」
しれっと答える。
ヴァレンティーノが苦笑しながら取りなしてくれた。
「ほんま、バンビーナはクスリ関係にキッツいわ」
おじさんは、骨の私が「お供え」としてもらったことも承知しているだろう。そして、服用する気がなかったことも。
「大丈夫やで、バンビーナ? ガイ君もクスリと戦う側や。使う側とちゃうて」
「うーん」
先輩が言って、鹿はなんとか矛を納めた。お前、ムダに空気読まんよな。
その後は、パトロールについて回った。さすがに警官と一緒なら、渡しにくる間抜けはいない。
ピルヨが解説してくれた。
「アンちゃん、このエリアが一番ゴミゴミした街並みが多いんやで」
「あの大きな建物は何ですか?」
「あれは新聞社や。あの辺はごっつキレイやなー」
代わりに、記事が汚染されてるけどな。
鹿にも聞いてみた。
「バンビーナさん。見回りにも随分ご熱心のようですが、何か思い入れが?」
「はい! 母が優秀な警官だったんです!」
すごく嬉しそうだな。
「それで、クスリについて研究していた父と結婚しまして。【薬物探知】の魔法は、両親が編み出したんですよ!」
「おお、それはそれは」
貢献度が高いな。
しかし、そこでバンビーナは顔を曇らせる。
「さらに優秀な魔法を開発しようと、研究を進めていたんですが……ネクロ教団に殺害されました」
「おいおい、アカンで、バンビーナ」
おじさんが手を振った。
「そういう証拠はないんやからな。たしかに怪しいけど、不用意な発言はやめとき」
「はい」
なるほど、ベテランと新米の構図か。こうやって色々覚えさせるんだな。
「バンビーナさん。その研究資料はどちらに?」
「複写されたのち、原本は家に置いてあります」
このパトロール後は休みに入るそうで、私はバンビーナ宅についていくことにした。
ちなみに、ハーピー2人はすっかり意気投合していた。おじさん警官がピルヨパパと知り合いだそうで、みんなで飲みに行くらしい。はいはい。
「ふむ。なるほど」
私は資料にひととおり目を通した。
やはり、クスリは邪な土から作られるそうな。その関係を追ううちに、ネクロ教団やネクロマンサーまで出てきた。
なんでも、ネクロマンサーは、【活力奪取】なる魔法を何度も用いることで、掛けられた者のスキルもコピーできるのではないかと推測されている。ただし、日にちをおいて50回ほど試したさい、ほんの少し効果が得られたものの、被験者に問題が出て実験は中止されたとある。
バンビーナは、とても嬉しそうだった。
「学者の方以外で興味あるって言ってくれる人は、珍しいですよ」
「そうなんですか」
「ええ、この手の資料を見たがるのは、ネクロ教団とかばっかりで……あ! まさかガイさん、あなたがネクロ……!?」
お前、本当いい加減にしろよ?