160話目 私もコレでやせました
知識層のハートをしっかりキャッチしたプリティなセレーナだったが、思わぬ所から足をすくわれた。
「ジャコモもアンジェロも、そしてフェリーチャも、全員クスリ漬けだ!」
護衛の1人が、巷でこんな事を訴えたのだ。
「ドラッグマネーでこの国は終わる! みんな、あいつらに投票してはダメだ!!」
――ふむ。
ある程度の支持を得ているのが、かえって危険である。
「セレーナ様。彼の言葉には絶対に賛同しないで下さい。あの道は地獄行きです」
「ええ」
セレーナは、今までで一番苦り切った表情を見せた。
「無視するのね?」
「いいえ。――切り捨てます」
証拠を示せない以上、言いがかりである。
全く無関係な人がやってくれる分にはいいが、彼は護衛だ。
一切の相談なしに動いた時点で、「向こうのスパイ」とみなす。
さっそく記者たちが、発言の真意をセレーナに尋ねてきた。
「すでに彼は、わたくしの護衛ではございません。件の発言も、彼の妄想に過ぎませんわ」
かくして、部下はクビになった。
セレーナの部屋にて、トップだけ集めた会合を開く。
「皆様、まだスパイはいるでしょうが、その都度切ります。ダルマツィオさんとアメリーゴさんは、部下の不用意な発言を謹むよう徹底して下さい」
「わたくしは今までどおりでいいの?」
「はい。軌道に乗りましたのでね。私は、左下のエリアに向かいます」
「何をする気?」
「新聞に叩くネタを与えてしまったので、少々クスリ陣営の票を奪う必要が出てきました」
だいたい、証拠なしの訴えでは、票へのプラス効果がほとんどないのだ。
信じてくれるのは、元からセレーナに投票してくれる人だろうから。
逆に、投票行動を決めかねている人が、先のクスリ漬け発言を聞いたらどう思うか。
セレーナだけは避けるハズだ。
「クスリのエリアを、少し見てきますよ」
というわけで、ピルヨを連れて左下エリアにやってきた。いざ咎められたら、鳥が迷いこんだ扱いにすればいい。
「うわー、極悪やわー」
それでも来てくれるあたり、嬉しいね。
エリアに少し入ると、鼻に特有の刺激を感じる。
「へ? なんも感じへんで?」
つまり、クスリだ。ここには常習者が多いらしい。
ボロきれをまとった浮浪者が、ふらふらと近寄ってきた。
「骨さん、ちょっと拝ませてもらっていいかい?」
「どういう事でしょう」
「ネクロの教えだからさ」
教団の信者か。
「おっと、悪い宗教じゃないんだよ? 元々は、死を見つめることで、より良い生き方を目指そうって考え方だったんだ。『みんな死ね』みたいな過激派のせいで、まともな奴は言い出せないのさ」
「なるほど」
そんなあんたから、クスリの匂いがしてるんだが。――ああ、別に自分がマトモとは言ってないな。
「はい、骨さんにお礼」
粉の入った袋を渡された。
「おじさん。この白いヤツって、ヤバいモノですよね?」
「なあに、白骨のおニイちゃんほどじゃないよ」
鳥が大笑いしてる。うるさいよ。
「所持してたら捕まるでしょう」
「バレなきゃいいの、バレなきゃ」
おっさんは歯の抜けた口を開け、粉をさらさらと飲み込んだ。
「これ、ダイエットにもいいんだよ」
やれやれ、「私もコレでやせました」か。命のロウソクまでヤセ細るな。
襲撃を警戒していたが、ネクロ教団からの覚えがめでたいのか、まったく襲われない。むしろ拝まれる。
ピルヨが冷やかした。
「アンちゃん、ここで暮らせばどないや? クスリだけ処分すれば、貰いもんで暮らせるで」
「勘弁して下さい」
なおも進むと、更にクスリの匂いがキツい老人に出会った。
「ふはー、ありがたや。イーディアス様、ありがたや」
はい、アウトー。
そしてコイツも、お供え物の感覚でクスリを押し付けてくる。
「うぇへへ、用法用量を守って、楽しくお使い下さぃじゃ」
「『正しく』ですね」
「んぁ、そうかの? ――ああ、医療用なんかメじゃなぃよ、あなたはお骨ちゃんだからね、プレゼント。うまく使ってね、うぇへへ」
よたよた歩き去るが、ふと振り返ってくる。
「見つかったら捕まるからね。探知魔法には気をつけてぇー」
ご忠告ありがとう。うまく処分するよ。
ピルヨが首を振る。
「やっぱココの一角は、濃いわー」
いや、島全体が濃いからな? 「うちの奥からが田舎」って理屈と同じだからな?
突如、けたたましい声が響き渡る。
「ひゃはは! ニンゲンはなあ! 死ななくても何度でも生まれ変われるんだよぉおお!!! うはははははははっはあっははっはあはっはははっはあえげえほげほげほおおおろろろろろ」
ああ、これが本当の「転生ドラッグ」か? 笑えんな。
通報を受けたらしく、数名の警官が向かっていった。逮捕と同時に警察病院に入れるのだろう。
「アンちゃん、行ってみようや」
はいはい、今調べられたらアウトだがな。
野次馬ならぬ野次鳥のあとをついていくと、テキパキと仕事をする警官の1人に見覚えがあった。
「おや、バンビーナさん」
「あ! ――ど、どうも、ガイさん」
ヘタレ鹿こと、バンビーナだった。




