159話目 コイは水色
壇上の席は4つ用意されていた。候補者はセレーナのみで、あとは知識人たちが座るためのものらしい。中年男性、中年女性、そして爺さんが腰掛けている。
セレーナは一礼してから席に着いた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「あら、本日は落ち着いてらっしゃるのね」
「ええ、知的な会合なので」
ピンクも赤黒も封印した今日は、水色の衣装である。
「皆様の知力に追いつけるようにと、服でドーピングしました」
軽く笑いも取る。これだけでも、インテリ層からは「頭使って話せるのか」と分かるだろう。
爺さんが白ヒゲをいじった。
「ワシらと話す方が、『ファン』や『愚民さん』やらよりも楽かね?」
「はい、素はこちらですので。ヴェスパーの知恵者である皆様とお話しできるのが、心より楽しみでした。脳はフル回転の必要がございましょうけど」
「ふぉふぉふぉ、ありがたいの」
熱狂的ファンよりも、目の前の人間を尊重する。おカタい政治話が眠くなる層は、そもそもこれを聞きに来ないのでOKだ。
男性がメガネを直した。
「いくつか質問を良いかな」
「ええ」
「なぜヴェスパーで評議員になろうと?」
「かねてより、母から生まれ故郷の話を聞いておりました。幸いなことに、イェーディルで不自由なく暮らしておりましたが、わたしの進むべき道はどちらにあるのだろうと。ずっと、考えておりました」
淡々と語ることで、説得力を生み出していく。
「ノヴェッラお婆様が狙われたさい、確信いたしましたわ。ヴェスパーは大変なことになっている。わたしの力が活かせるのは、こちらだと」
――本当、ハタから聞いてたら信じるぞ。理屈と膏薬はなんにでもくっつくな。
男性は満足げにうなずいた。
「なるほど。つまりセレーナ候補は、ずっと両天秤にかけておられたと、そういうわけですね」
「イェーディル国籍は、もう抜きましたよ」
嫌みをやんわりとかわす。
「選挙日前には、離脱の紙が届く手筈になっております」
「ふむ。まあ、それは候補者として当然ですね」
「ええ」
「では、本当にヴェスパーの議員となるにふさわしいか、こんなご質問を。――ヴェスパーの憲法第52条は何でしょうか?」
――はぁ? こいつ、クイズ好きかよ。
客席がざわつくなか、セレーナは眉を寄せた。
「そのお答えならば、法律書をお調べになれば分かるのでは?」
「おや、国の根幹を成すのが憲法でございますれば、議員を目指す方には是非とも知っておいていただきたく」
底意地の悪い笑みを浮かべている。
「ええ、知っておられなくとも、全然構わないのですよ? ええ、構いませんとも」
魚って本当、ヌメヌメしてるよな。
セレーナは溜め息をついた。
「クイズがなさりたいのなら、クイズ大会でどうぞ」
「それは、ギブアップとみなしてよろしいので?」
セレーナは目を閉じた。
「――祖国の防衛は、市民の神聖な義務である」
「は……?」
「憲法第52条。国防に関する条項ですわね」
――強いな、セレーナ。
男の口パクに対し、客席で失笑が漏れる。
「では、クイズはこのぐらいにして」
セレーナは立ち上がった。
「わたくしのカジノ構想について、お時間を少々拝借します」
セレーナは、ボードをうまく使いつつ、メリットとデメリットについてしっかり説明した。
「以上が概要です。ガブリエーレ氏やキューブ会社の社長にも色よい返事をいただいておりますので、当選したら細部を詰めて進めていく所存です」
客席から拍手がわき起こる。――ふむ、知識層を完全に味方につけたな。
壇上の女性も、拍手したのち軽く手を挙げる。
「あなたは、これだけヴェスパーのために動こうとされているのに、なぜ『売国奴』と呼ばれているか、心当たりはあるかしら?」
「ええ、ございます」
「あら、それは一体なあに?」
セレーナは、茶目っ気たっぷりにほほ笑んだ。
「もちろん、イェーディルを裏切ったからですわ」
あ~……と、観客席から納得の声が上がる。――まあ、見事に「売国奴」の意味合いを変えたもんだ。
これで、セレーナへの売国奴発言は、ヴェスパーにとって忠誠を誓った扱いに早変わりである。
知的な話し合いは、クイズバカに対する以外は、終始なごやかだった。
この辺のサポートがいらないのは流石だな。
最後に、観客からの質問タイムが取られた。
「そちらの方、どうぞ」
「はい」
長身痩躯の男性が、指されて立ち上がる。
「あの……セレーナ候補にこれを言うのは失礼かもしれませんが」
「なんでしょう」
「船長が……ああ、失礼。フェリーチャ船長が、ドラッグマネーと通じているのでは、というウワサがあるのですが、こちらへの見解は?」
――チッ。地味にヒドいトラップだ。
「それは……根も葉もないウワサですわね」
セレーナは冷静だった。
よしよし。証拠がない以上、言いがかりになるからな。こんなツマラナイことでクスリ陣営につけ込まれては敵わんよ。