158話目 もう1人の悪役令嬢
「オーホホホ! ひれ伏しなさい、愚民どもー!」
『セレーナ様ー!』
「売国奴? ――いいえ、違うわ! 国を作るのよ! セレーナ国をねー!」
『うおおおおおお! セレーナ! セレーナ! セレーナ!』
いやはや……仕掛けといてアレだが、なんかもう、スゴいな。
当初の予定としては、悪役令嬢として変更させたものの、ところどころで素の「弱さ」を見せて、ギャップで心をつかむ予定だった。
しかし……衣装で性格が変わるという設定が、めちゃくちゃバズった。
それならいっそ、「強い」イメージに路線変更だと……やった結果がこれだよ。
『セレーナ! セレーナ! セレーナ!』
『うおぉー、俺だセレーナァアアッ!』
『踏んでくれぇーっ!』
『ムチでブッてくれー!』
『死んだような目で蔑んでくれー!!』
おう、最後のシャウトは、反省会で毎回食らってるぞ。
しかし、アイドル路線よりも合ってるな。セレーナの頭文字はS。名はタイを表してたのか。コイ女だが。
と、そこへ鹿女がやってきた。
「うぇーい! やってるねー、お姉ちゃーん!」
なんだ、殴り込みか?
「えー、服で性格が変わる~? アハッ、何言っちゃってンの~? ホントは前までの『怖いですぅ』なんでしょ~? 超ムリしてんじゃね? キャハッ!」
いやー、お前の目は節穴なんじゃね、きゃは。by目のないガイコツ。
無論、悪役令嬢が逃がすハズもない。
「オーホホホ! 今日は鹿が迷い込んできたわー! 鹿肉でジビエよー!」
『うおおおおお!』
おう、鹿ビッチは、あわよくば観客をブン取る気だったんだろうな。
だが、赤黒カラーの悪役令嬢サマはドSだ。ビッチごときじゃ相手にならん。
「オホホ! あなたこそ、『うぇーい』以外に気の利いたセリフは言えないの!? 困った時はいっつも『うぇーい』でしょ!」
「うぇ……ちっげーし! ンなワケねーだろ!」
おー、こいつガラが悪いな。本当に更生したのか?
ちなみに、いずれ鹿ビッチとは直接対決する予定だった。そのさい、すぐに怯む演技をさせるも、逆転して相手に打ち勝つ……そんなプランだったのに。どうしてこうなった。
『セレーナ! セレーナ! セレーナ!』
まあ、愚民たちはノリノリだから、いっか。
セレーナのホームで、しかも悪役令嬢キャラである。得意の毒舌をポンポン飛ばせば、鹿ビッチに出来る宣言はたった1つだ。
「あ……あたしの勝ちだし! バーカ!」
逃げる間際の勝利宣言って、本当にやる奴いるんだな。
「オーホホホ! 鹿人の品位を下げるだけね! 出馬などやめて、森へお帰りなさい!」
『うぉおおおお! セレーナ! セレーナ! セレーナァアア!』
愚民の士気は大いに高まるのだった。
「何よアレ! 民をバカにしてるわ!」
反省会のセレーナは、いたくご立腹だった。
「愚民呼ばわりするなんて、そんな人間が上に立つなど許されないわよ!?」
おカタいねえ。
「セレーナ様。議員は選挙で決まります。すなわち、議員の質は国民の質に左右されるのです」
個人主義が多数を占める国で、ワンフォーオールを訴えて勝つ場合、その人自身によほどの魅力があったのだろう。
「いきなり『カジノをやります』『スゴい!』とはなりません。セレーナ様はノヴェッラ様の孫ですが、この国での実績は皆無。それどころか、売国奴扱いです。まずは、話を聞いてもらう土壌が必要なんですよ」
「それが、アイドルだったり、悪役令嬢だったりってわけね」
「ええ」
相手に合わせるのも大事だよ。
そして翌日。
「オーホホホ! 今日は鹿の元へ殴り込みよー!」
『うおー!』
護衛に負荷をかけるスタイルだな。いや、大ウケするだろうが。
ディアマンテの客いじり中にズカズカ乗り込んでいき、口バトルで鮮烈な印象を残していた。――というか、鹿ビッチ。お前、対策しないのな。前回の再現じゃないか。まるで成長してないぞ。
ホームで負けると逃げ場がない。かくして、鹿ビッチの観客の一部を、愚民に変えることに成功した。
「でも、ガイさん。いわばこれは浮動票。一瞬でなくなるような支持でしょ?」
まあな。
「キューブ会社や地元を回った方が……」
「始めに挨拶に行きました。あれで充分です」
その人たちの1票が、100票に化けるなら行く。
だが、1票なのだ。
支持者の中にはこんな人たちがいた。
『ウチらはえぇから、ヨソ行きや、ヨソ!』
すでに票を固めてる人の所を回っても、時間の浪費にしかならない。
その人たちは、「当選」の報告が嬉しいのだから。
「右上には、アメリーゴさんやダルマツィオさんが代わる代わる入ってます。鹿ビッチの岩盤票以外は崩せるでしょう」
というか、説明したハズ……ああ、ここ数日の忙しさで、さしものセレーナも思考力が落ちてるな。
ならば、回復してもらおう。
「セレーナ様。明日は知識人との対談です。観客もおりますよ」
「じゃあ今度は、バカには見えない服で行くわけ?」
おー、警戒してるな。
「ご心配なく。普段の服でよろしいです」
「そう? なら……やっと羽が伸ばせるわ」
喜んでくれて嬉しいよ。