156話目 高い城のカメ男
今なんでもすると言ったな。覚えたぞ?
ともあれ、選挙演説すら出来ないのでは仕方ない。市役所のある中央エリアへ移動することにした。人口も1番多いから、各陣営はそこからスタートするらしい。
ということで、行ってみると。
「うぇ~い!」
『ウェーイ!!』
「みんな~、ノッてる~!?」
『ウェーイ!』
何なんだ、このライブ会場は。
鹿ビッチが冬フェスを開催していた。観客は若い男性を中心に盛り上がっている。
――おっと。
「セレーナ様、向こうに船幽霊がいます」
「船長のこと? 見えてないのに、どうして分かるの?」
「風で、死の匂いが運ばれてきました」
「あ、そう……」
鹿ビッチのうるさい会場をシカトしてしばらく歩くと、船のかぶり物をしたフェリーチャ船長がいた。女性を集めて美容健康の話をしている。
「皆様。くもりの日でも、油断しちゃダメですわよ? お肌のシミの原因になる光はね、晴れの日の6割から9割ほどあるんですから」
『まぁ~』
「地面からの照り返しにも気を付けてくださいな。そういう光をカットするには、日傘。それも、外は白くて、中が黒いものが良いですわね」
『あ~』
はいはい、紫外線の話か。――ん?
「ガイさん……選挙って、政策を訴えたりするものではないの?」
「『票をもらえるように頑張る』のが選挙ですよ」
私はセレーナから鳥へと視線を移した。
「ピルヨさんは、今までどなたに投票されてました?」
「あー、ワテんトコは、ずーっと王女様の婆ちゃんやったで」
「それは、政策が良かったからですか?」
「いやー、やっぱ破天荒さやな。強ぅてオモロかったもん」
あっけらかんと答えるピルヨに、セレーナは頭を抱えていた。おいおい、カルチャーショックか? 力抜けよ。
そのとき、船長の話を聞いていた女性らが、嫌悪感むきだしで私たちをニラんできた。
「なんのツモリかしらねぇ、私たちの島まで乗り込んできて」
「爆弾騒ぎも、同情を買おうとした自作自演なんじゃないの?」
おぅ、ひそひそ話って、よく聞こえるな。
「皆様」
む? 船長だ。
「お気持ちは分かりますが、これは選挙です。1人1人が判断することですよ。――大丈夫、厳正な投票の結果、候補者たちには審判が下りますわ」
はー、ありがたいお言葉だね。
「船長様、お優しい……」
「さすがですこと……」
泣いてるのまでいるよ、ハハッ。
あくまで非があるのはコチラという流れに持っていき、じわじわと距離を置く気だろうな。頃合いになったら、「正義の味方」と称して私たちを叩く、と。
内心呆れつつ、頭を下げた。
「船長、ありがとうございます」
「ガイさん、礼には及びませんよ」
「そういえば、先日伺ったさいの患者さんは……」
「――残念ながら、あのあとすぐ、お亡くなりに」
「そうですか」
そいつと同じぐらいの死臭を放ってるんだけどな、あんた。どう見ても健康なのはナゼだ。
セレーナもお礼を述べたあと、私たちは速やかにその場を離れた。
ピルヨが中央エリアにある実家へ帰り、私たちはガブリエーレのいる右下エリアに入っていった。今日は世間の風が強いので、交渉を片付けた方が良いだろう。
噛みつきガメの城は、小高い丘の上にあった。ナントカと煙は高い所が好きか。
現在は増築工事の真っ最中だった。間取りを決めているらしい。選挙が始まってるのに、余裕だね。
「ガハハ。よく来たな、王女。――いや、売国奴よ」
「面会ありがとうございます、ドン・ガブリエーレ」
意に介した風もなく、セレーナは会釈した。
応接室にて、さっそくカジノ構想を披露する。
「ドン・ガブリエーレは、建築業界を抱えておりますわね。大層うるおうんじゃありませんか?」
「フフフ……いい案だな。ワシが思いついたことにすれば、計画に乗ってやってもよいぞ」
「あら、それよりも、若輩者の提案を受け入れる構図のほうが、度量の広さを窺わせますわよ?」
訳:「手柄をよこせ」
訳:「土建はオイシイだろ。欲張るな、噛みつきガメ」
「グハハ……イェーディルの王女よ、協力法案に賛成してほしいのだろう?」
「――評議長の椅子、ほしいのでしょう?」
カメの目つきが変わった。
「ドン・ガブリエーレ。わたくしが議員となったあかつきには、評議長にあなたを推薦しますわ」
「ほーぉ……いいだろう」
カメとセレーナは握手をかわした。こういう取り引きが出来るのは心強いな。
右下から右上へ、我らが病院に戻ってきた。
戸別訪問の護衛たちも、それぞれ必死にセレーナのアピールをしていたが、開幕で新聞が「スパイ」だの「売国奴」だの書いてくれると、なかなか話を開いてもらえない。
なので、聴覚以外へのアピールだ。
私はピンク色のヒラヒラなドレスを用意させた。
「ガイさん。女装の趣味がございますの?」
ほーお、なんでそうなりますの?
「セレーナ様。このファンシーな服は、あなたが着用なさるのです」
コイ女は、久々に口パク芸を披露した。
「――え?」
おいおい。なんでもするって言ったのは、その鯉口だろ。