155話目 北の国から来たスパイ
その後も、ざっと取り決めた。以下は一例である。
・たすきを掛ける
・服を統一する
・ボランティアを受け入れる
→敵の工作員が紛れ込んでいると思え
→セレーナ様を支えるのは自己責任
また、各所にセレーナが候補者となる報告を魔具でおこなった。どこも友好的で、むしろ「変わって良かった」と喜んでくれる人もいたほどだ。
ドン・マウロにも、カジノ構想案についてと、ネガティブキャンペーンは仕掛けない旨を伝えた。
「ほっほ……塔が血なまぐさくては敵わぬでおじゃるからの。暴力的な揉めごとは任せるでおじゃる。なに、警察を押さえておるでのぉ。向こうが暴れたら『暴行罪』、こっちのは『正義』でおじゃるよ?」
うわぁ、レモンの代紋つよーい。
味方としては、実に頼もしいお言葉だ。
――ああ、そうだ。ダメ元で聞いてみるか。
「ドン・マウロ。新聞はツブせませんかね?」
「やってもいいでおじゃるが、『権力の横暴』と喚き立てて、ゲリラ的にバラまくでおじゃるな」
だよな、うん。それに携わる人間ごとツブせないと意味ないんだ。そこまではムリ、と。
「それとのぉ、奴らは今月と来月の新聞代をタダにする気でおじゃる。早くもセレーナ殿対策を打ってきたでおじゃるな」
やれやれ、紙面に何を書かれるやら。
「ドン・マウロ。叩かれることが基本の、しんどい選挙になります。覚悟して下さい」
「おっほっほ……ギャング相手に覚悟を説くでおじゃるか? 裏社会では大ウケでおじゃる」
ああ、釈迦に説法だった。
その日から、みんな病院で寝ることとなった。セキュリティが1番高いらしい。
翌朝、大女のシビッラに呼び出される。何の用だろうか。
「フン!」
大振りパンチの一撃。先んじてバラバラになったが、何するかね。
「実は敵でしたか、シビッラさん?」
「フザけるな!」
おう、病院内で大声出すなよ。
「骨め! 貴様、セレーナ様の出馬を止められただろう!」
「今更ですね。トゥーレイトです。そもそも、なぜ昨日咎めなかったんです?」
「――そのせいで、セレーナ様が死ぬと言われたのだ」
なに?
「先ほど、ブリジッタ様から連絡があった。ミシェルというダークエルフの悪夢が変わったとな。選挙で負けたセレーナ様は、ネクロ信者の暴走を止められずに殺害されたらしい。骸骨王の復活も早まったそうだ」
ロクでもない夢だな。
私は速やかにリセットで体を戻した。
「言いたいことはそれだけですか?」
「当然、まだある」
シビッラは、私の肩甲骨をつかんでニラみつけてきた。
「セレーナ様を……助けてくれ」
おや。
「嫌っていたのでは?」
「当たり前だ。――だが、今わたしが護衛をしても足手まといだ。そもそも、選対の指揮など出来ん。――骨がセレーナ様を勝たせてくれたら、運命が変わる。どうか……頼む」
歯を食い縛って、それでもお願いするんだな。
――お前もお付き、か。
「分かりました。もとより、そのつもりです」
シビッラは頭を下げた。
セレーナは、普段どおりだった。
「ガイさん、この記事見てちょうだい。『ノヴェッラ婆がついに引退すると言ったら、今度は孫への世襲!』ですって。そのスグ裏で、『ディアマンテ候補はノヴェッラ婆の孫で期待が持てる』って載せちゃうとか、なかなか笑えるわよ?」
「――話は伺いましたよ、セレーナ様」
「あら、シビッラが喋ったのね? お母様といい、深刻に捉えすぎよ」
苦笑しているが、もし他の人間がセレーナの立場に置かれたら、親身になるのだろう。
「不器用な方ですね」
「軽い男ね、ガイさんは」
セレーナは、ぐっと声をひそめた。
「口は重くしといてね。でないと、シビッラみたいにあなたへの怒りが増すだけよ?」
「心得ました」
外に出て早速選挙モードに入ったが、すかさずヤジが飛ぶ。
「売国奴ー!」
「島から出て行けー!」
すぐに護衛が捕まえにいくが、クモの子をちらすように逃げていく。
「セレーナ様。彼ら、何か持ってましたね」
「そうね」
そもそも近寄れない。ならばと演説をしようとするも、売国奴コールが激しくなる。
ネクロ教団のような狂気を感じないから、一般人だろう。
「お~? アンちゃんやー!」
上空からの声に空をあおぐと、ピルヨが新聞の束を抱えて飛んでいる。
「いやー、号外配ってる言うから、もろぅて来たんやけど……。王女様、めっちゃワルモンにされとんで? ほい」
素早く目を通す。
「なになに……『北の国から来たスパイ!?』」
ふむ。「?」がイイ仕事してるな。
今回の号外は、セレーナの出馬と、その売国奴っぷりに紙面が割かれている。
「ワテの家族は、みんな違ういうン分かっとるけど……。これはマズいんちゃうか?」
ああ、マズイな。そのまま放置すれば。
「しかし、悪名は無名に勝ると言います」
新聞を手の甲で叩いた。
「せっかく宣伝してくれてるんです。――セレーナ様、レッテルを貼られたら、修正して利用しましょう」
「分かったわ、ガイさん。勝つためなら何でもします」
ん?




