154話目 カジノ・ロワイヤル
「次は手。これは握手のことですね。触覚は大事ですよ? 触れあうことで親近感を覚えますからね」
私はセレーナを見た。
「もちろん、セレーナ様に1番多くやってもらうこととなります」
「それは、演説よりも?」
「はい。やり方を実演しましょう」
私はセレーナに右手を伸ばした。すぐに白魚の手が握り返してくる。
「おや、手の平どうしをしっかり合わせておられますね」
「あいにく、王族だったものですから」
護衛たちが笑う。
――ああ、こういう人心掌握はお手の物か。触れあう面積が大きいほど好ましいと、よーくご存じだ。
「では、セレーナ様には応用です。男性相手には少し引き込み、女性相手には少し押す感じで握手すると、さらに良いでしょう」
「アピールの違いね」
「はい。『力を貸して下さい』と、『頼りになります』の差です」
私はボードの「目」に丸をつけた。
「最後は目ですね。これは、声援や手を振って下さった方を素早く見つけ、駆け付けて握手するために必要です」
「やっぱり握手なの?」
「はい。元気よく、笑顔もセットですよ」
私は「口」を小さく書き足した。
「なお、町を歩く際にセレーナ様の名前を連呼するウグイス嬢ですが、声は、そこまで通る必要はありません。低音の方が安心感があるという人もいます」
ハスキーボイスならモフモフが一押しだったんだがな。向こうでシッカリお嬢様を支えているだろうか。
「また、顔の造形はフツーで十分です。選挙の顔はセレーナ様ですからね。――ただし、足、手、目はとても大事です。体を動かし、精力的に仕事が出来る所をアピールしてください」
そこでノヴェッラ婆さん側の細マッチョ護衛が手を挙げた。
「どうぞ」
「はい、アメリーゴです」
アメゴさんか。
「選挙は妨害がつきものでした。こっちからは、どのくらい仕掛けますか?」
私はセレーナを横目で見た。
「いかがなさいますか」
「――アメリーゴさん。お婆様はどういう選挙戦でしたか?」
「はい。基本はクリーンでしたね。ただし、やってきた奴は返り討ちにしてました」
ああ、しっぺ返しか。初撃は食らうが、長く続けると安定して好成績を残せる戦法だ。
「わたくしも同様ですわ。敵を貶める工作はしません。不当に中傷してきたものにだけ対処します」
「はい」
ああ、お前はそういう感じだよな。
私はボードを反転させた。
「では次から、支持者に訴える内容を決めます。グランドデザインですね」
「グランドデザイン?」
「はい。セレーナ様は議員として立候補なさいました。なので、現在何を不満に思っていて、それをどう改善するのかというビジョンを、大々的に打ち出します」
「なら、なんと言ってもクスリの撲滅よ」
「弱いですね」
「え? でもコレは、本当に重要じゃない」
一見、そう思えるが。
「セレーナ様。『無くす』だけでは、求心力を得られませんよ」
それは、現状に満足してる人たちが、さらに上乗せとして求めるものだ。
「この島は対立が多いため、足の引っ張り合いに力を取られて景気が伸び悩んでおります。だからこそ、安易な快楽としてクスリがはびこっているんです」
「あなた、住んでもいないのによく分かるわね」
「ここ数日、勉強しました」
私はボードに大きく「夢」と書いた。
「何か、夢のあるビジョンを打ち出して下さい。悪夢を吹き飛ばせる夢。現実からステップアップした先に待っていると思える夢を」
「そうね……受け入れられるための構想……」
「なおかつ、ワンフレーズなら最高です。連呼できますからね」
セレーナはほほを指で叩いた。
「あぁ、ひとつ思いついたわ。――でも、これはダメかも」
「ここはアイデア出しの場です。言ってみて下さい」
「そう? じゃあ……カジノをやりましょう」
おっと。
「地下にもぐっていた闇賭博を、もっとクリーンな、富豪から庶民まで楽しめるエンタメにするの。建設とエネルギーと海運が潤うから、根回しもやりやすいハズよ」
「セレーナ様は、賭博がお嫌いかと思っておりました」
「あら、自分をチップに大勝負してるのに?」
たしかにな。
「何が大事かを突き詰めた結果よ。国が運営するカジノなら、税収も入るわ」
「場所はどのあたりのつもりで?」
「左下のクスリエリアね。警備も厚くなるし、他の陣営がゾロゾロ立ち入ってくれるから、自然とクスリの取り締まりも強化できるという寸法よ」
キレ者だな。これでまだ17才か。末恐ろしいよ。
「何より、雇用が生まれるわ。クスリ栽培でしか生きる道がなかった人たちに、他の道を提供できるのが大きいわね」
「強制することなく、ドラッグの減少が狙えると。流石です」
カジノは、治安とギャンブル依存症の懸念こそあるが、クスリからの脱却を考えれば上出来だ。護衛たちにも好感触である。
「では、セレーナ様の提案なされたカジノリゾートで行きましょう。大きな事業です、景気も良くなりますよ」
なんだかんだ言って、ハコモノは金が動くからな。