152話目 お・も・て・な・し
ノヴェッラ婆さんたちのいる病院へ戻ったのち、ヘタレ鹿でなくセレーナが候補者となることを告げた。
婆さんは、ベッドに腰掛けて腕組みをしている。
「孫に尻ぬぐいさせちまうなんざ、あたしも耄碌したね……」
――剣聖バウティスタと同じような病だな。強い選手が、監督になっても上手いとは限らない。かえって、自分のやり方を貫いて上り詰めた人間ほど、それがベストだと思ってしまう。
婆さんは、隻眼でしっかと見据えた。
「セレーナ」
「はい」
「そこの骨を、選対のトップにしな……」
「分かりました」
おっと、ご指名だ。渡りに船だな。
もっとも、他の魚人らは不満のようである。
「ノヴェッラ様」
婆さん側の配下リーダーらしき細マッチョが尋ねた。
「我々の誰かでは、不服ですか」
「へっへ……お前ェらだとイエスマンになっちまうだろ……? あとは、スライム王女を立て直した実績と、船で爆弾に気付いたことを評価したさ……。よぉく目端が利いてやがる……」
私は黙って一礼した。
傷のこともあるだろうが、婆さんはスッパリと政界から身を引く気だ。今の指名は、セレーナが動きやすいように整備した「置き土産」だろう。
「あとな……? 選挙ってのは、1匹のケモノに近づいた方が強ぇんだ……。骨の意見にゃ従わねぇみてーなクダらねぇコト抜かしたら、素っ首叩き落とすよ……」
魚人らは深く頭を垂れた。
ありがたい、仕事がしやすくなった。
早速病院の空き室に集まってもらった。
「ガイさん。最初は何をしますの?」
「まず、認識の統一を行います」
私は護衛たちを見回した。
「選挙とは、相手の候補を殺せば勝ちだと思っている方は、挙手を」
ほぼ全員が手を挙げた。
この他、買収やら弱みを握るやらといった要素にも、多数の手が挙がる。
「これが俺らの選挙だよな」
「ああ、カネと力で叩き合いだぜ」
はいはい。『お・も・て・な・し。裏だけ』――見事に裏選対だよ。
「その戦法ですが、今回は防御的にのみ用います」
「あら、ガイさん。どうしてなの?」
私は折り畳んでいた新聞紙を腹から出した。
「ノヴェッラ様は、この新聞で叩かれておりました」
すぐにこんな声が聞こえる。
「それでも、島じゃトップ当選だったぜ」
ああ、そうだな。
私は新聞をクルクル丸めて、そいつを指した。
「それは、【巨大な盾】などの防御魔法を張らずに、ガンガン強さをアピールしたからです。そして、見事に今まで生き残ってみせました」
あのスタイルで長年議員を続けるとか、正気の沙汰じゃない。
しかし、だからこそ市民は熱狂した。
『老害? はっ、何言ってやがる!』
『クソババアを引退させてえなら、殺してみやがれ!』
『返り討ちが怖ぇんだろ、腰抜け! 口だけヤローはすっこんでろぃ!』
記事と暴力によるバッシングを、実力で撥ねのけてきた。
「けれども、これからは違います。ノヴェッラ様が倒れた今、その戦法は使えません」
仮にセレーナが踏襲した場合、実力を試す輩が山ほど現れるだろう。婆さんを引退に追い込んだのだから、当然狙ってくる。
そして……防ぎきれずに殺される。
私は隣のセレーナを見た。
「これからは、つねに【巨大な盾】を維持します。臆病者呼ばわりされようと、絶対に守って下さい。あなたは、お婆様とは違います」
「――分かりました。わたくしは国民の負託を受ける者。その意見をキチンと評議会で伝えるために、命を大事にします」
いい論理だな。
そう。何をするにも、まずは生きていることが大事だ。