144話目 よこしまな土
みなを起こした私たちは、なんとかシニャーデ島に降り立つことが出来た。
「わたくしの生まれた地なんだけど……ここまでしんどい上陸は初めてよ」
そうかい、セレーナ。ブリの故郷なんだな。私も早くイェーディルに帰りたいよ。
潮風に乗ってウミネコの鳴き声が聞こえてくる。薄曇りだった空は、晴れ間が見えてみたようだ。
しかし、鼻は残念ながら、妙な匂いを引きずっていた。どうやら、黒くなった骨が匂うらしい。他の人間は感じないようだが、正直気味が悪い。
負傷したノヴェッラ婆さんと護衛たちは、かかりつけの病院があるのでそこに行くのだそうな。
「へっへ……フェリーチャの病院は、薬物が主だしな」
ああ、それとカタギの患者に迷惑をかけるからだな。
聞くと、ギャング団お抱えのドクターがいて、そいつに診てもらうんだとか。――はいはい、ステキなヤクザ医師だ。
この国の歓迎っぷりを見れば、綺麗事を抜かすヤツは綺麗にあの世行きだろう。ノヴェッラ議員のバックには……そして敵議員のバックにも、ギャングがいるわけか。
船での後処理と事情説明は、元気な護衛のみなさんに任せて、私はセレーナらとともに、フェリーチャ議員の経営する病院へと向かった。
――ん?
「ピルヨさんは、さっさとオサラバすると思ってましたが」
「アカンでー、アンちゃん! こういう時に単独行動するヤツは、真っ先にバキューンや。ワテは生き残ンねん!」
鳥はアクション小説が好きらしい。
ちなみに子鹿は、ぶつぶつ言ったまま婆さんの方に引っ張られていった。
「お婆様の『荒療治』ですって」
わぁい、何されるんだろうな。ホント頑張れー。こっちも頑張るから。
というわけで、頭に船を乗せた女の病院にやって来たのだった。
「ようこそ、セレーナ王女」
「フェリーチャ議員、お忙しい中すみません」
「構わないですよ。あと、議員呼びは禁止で。今は『船長』です」
あー、解散したからな。
やはり病院では、妙な匂いを強く感じる。とりわけ奥の方からだ。
私は、鼻の不調と、骨が黒くなったことについて尋ねた。
「ええ、ガイギャックスさんの嗅覚については、匂いを嗅ぐ訓練がうまくいっている証拠ですね。とても鋭敏ですから、じきにコントロール出来るようになりますよ」
「ありがとうございます」
「あと、黒い骨については、仰っていたネクロ教団の爆弾が原因です。腐敗した黒キューブを混ぜ込むことで、生け贄の邪法が行えると聞きました。ガイさんは、その残滓を全身に浴びたと見られますね」
聞くだけで陰鬱になる。
「呪われてませんかね?」
「ひとまずは大丈夫ですよ。一応、【解毒】と【呪い除去】の薬瓶を持ってきますね」
フェリー船長はかぶり物をしたまま奥の部屋へと引っ込んだ。
セレーナが、自慢げな笑みを見せる。
「ね、頼りになるでしょ?」
「ええ、ありがたいです。――ん?」
突然、鼻を突き刺すような臭いを感じた。思わず立ち上がる。
「お? アンちゃん、どうしたんや?」
「匂いの元を、調べにいきます」
「はあ?」
セレーナや、部屋の外で待機していた護衛などにもヘンな顔をされるが、申し訳ない。何か、重大なことが分かりそうなんだ。
廊下を歩いて行き、病室の1つを開ける。そこには、大陸で見たような薬物中毒の病人が、多数寝かせられていた。うめき声も何もなく、本当に眠らされている。
「1人1人から……同じ匂いを感じます……」
「え? ウソやろ? ただのヤク中やで?」
――そうか。クスリの匂いか。
中でも1人の男性患者から、ものすごい匂いを感じた。
たとえるなら……そう、死臭。
いっぺん意識すると、他の匂いが分からなくなるぐらい別格である。
「あらあら、ガイさん。病院内をうろつかないで下さいね」
「あ……すみません、フェリーチャ船長」
ゆっくり振り向き、頭を下げた。
「えぇと……失礼ですが、こちらの患者さんは……?」
「ああ、彼は……もう長くないですね。もって2、3日です」
「そうですか」
うわぁ……つまり私も、ヤク中の死期が分かると?
「シニャーデ島では、重篤なクスリの患者が増加しておりまして。こういうことばかり詳しくなります」
「苦労が絶えませんね」
――いらん特技が手に入った。
さっきの部屋に戻ると、セレーナがほほ笑んでくれた。
「ガイさん。アヤしい行動はさけて下さいね」
「かしこまりました」
なるべくな。
ふと、自分の体からも匂いがすることを思い出し、聞いてみた。
「ああ、それは邪な土の影響ですね」
「土ですか、船長?」
「ええ。土に使用済み黒キューブを埋めて、『邪な土』にしてから邪法の触媒にしたのですね」
なるほど……。それで嗅ぎ取れたのか。
「そして、クスリもです」
え?
「あら、クスリの精製法は、『邪な土』からエッセンスを抽出して作るのですよ? 中には、『土』そのままが好きな人間もいて、食べたり嗅いだりしてトリップしますわね」
なに……草じゃないのか?
だからみんな、私が土を嗅いだとき、ヤバいクスリだと誤解したのか。