143話目 駄目な男
カンのいい女は嫌いだよ。
「セレナとは、あなた様によく似た女性です。前世で好いておりましたが、振られました」
さらりと告げると、セレーナはうなずいて見せた。
「なるほどね……。道理で、わたくしへの当たりがキツかったハズだわ」
「私がですか?」
「ええ。やられた方って、結構分かるわよ?」
たしかにな。
「敵は本気よ。いがみ合ってると死ぬわ。個人のわだかまりを捨てて、全員一丸となって立ち向かうべきね」
個別より全体か。ちゃんと学習してるな。極めてイヤなタイミングで披露してくれたが。
「セレーナ様。――愚かな男の盲信を、お聞き願えますか」
「いいわよ。船旅は長いし」
私は居住まいを正した。
瀬玲七、という女がいた。
太ってる男が好きと言われた。
何kgぐらいと聞いたら、冗談っぽく300kgぐらいと答えてくれた。
「ちなみにその時点で、半年前のスラヴェナお嬢様ぐらいの体重はありましたね」
「そ……それは太ってるわね……」
その後も、順調に体重を増やしていった。
最後に会ったとき、告白もした。
「すると彼女は、ニッコリ笑って『ありがとう』と返事をくれました。けれども……一瞬だけ、非常に嘲った顔を見せたんです」
「あ、それって……」
だよな。まあ、最後まで言うさ。
「すぐにまた優しい笑顔になりましたが、理性は振られたことに気付きます。しかし感情は……ありえない希望にすがりました」
300kgと言われたので、そうなれば戻ってくるのではと、ひたすら食っていた。
その後、ずっと音沙汰はなかったが、ひょんなことから消息を知る。
「風のうわさで、格好いい金持ちと結婚すると聞きました」
「相手はヤセてた?」
「はい」
「――クズね、その女」
テレビで、有名スポーツ選手が結婚するというニュースのとき、その隣に瀬玲七の姿があったのだ。
これまた一瞬だけだったが、見間違えるハズもない。
そこから、付き合ってた当時の様々なやりとりが、全て裏返って思い起こされた。
内なる声は、「はじめから愛など無かった」と語るが、ダメな男はそれでもすがった。死ぬまで貫こうと思った。
そして死んだ。
「気が付いたら、こんなスリムな体に入っておりました」
「それは、あなたの体じゃないの?」
「はい」
足の肉も靴もないのに目線が同じだったからな。このスケルトンの方が、少し背が高いんだ。
「セレーナ様も、お気を付け下さいませ。恋は盲目と申します。信じすぎると、悪い人間に足をすくわれますよ?」
「目の無いガイコツは、言うことが違うわね」
「ええ、骨ジョークです」
相手が誰であろうと、淡々と打ち明ける分には問題ない。たとえ、セレーナであろうと。
「おかげでスッキリしました。ありがとうございます」
「ええ。良かったわ。これで、わたくしたちは仲間よ」
「仰るとおりです」
ウソである。
他人の空似を抜きにしても……お嬢様への仕打ちを、忘れてなどいない。
「セレーナ様。質問をお許し下さい」
「ええ、どうぞ」
「お嬢様を太ったまま舞踏会にデビューさせようとしたのは、なぜですか?」
「ああ……それね」
セレーナは目に見えて落ち込んだ。
「昔のわたくしは……スラヴェナを将来の補佐役として考えていたの。ドロテーがお転婆だったでしょ? だから、スラヴェナの方が向いてるかなって」
「なるほど」
「マーサ様がお亡くなりになったあとも、落ち込まずに前を向けるよう、厳しく指導したわ」
ああ、そりゃ完全に失敗だ。お嬢様はほめて伸ばすタイプだよ。
「だから、水晶でスラヴェナの魔力が少ないって分かったとき、愕然としたわ。でも、それならなおのこと、険しい道になると思って。紫魔法と概念の指導をして下さる教師を、お父様にお願いしたの」
それがブノワ師か。
「でも……成長は遅くてね。ミーケにもいい所なしだったし」
「手助けをしようとは思われませんでしたか?」
「自力で頑張って欲しいなと思ってたのよ。わたくしならそうするから」
出た出た、厳しい教師。自分にも厳しければ考慮するよ。
「だけどね……ガイさんが来る前には、優しく接し始めたわ。スラヴェナは、王家から離れた方が幸せになれると思って」
はいはい。
「お披露目の件は……恨まれてもしょうがないと覚悟してたわ」
流石セレーナだ。一応スジは通る。
単純に、陥れたとみる方がスマートだが。
「つまりセレーナ様は、良かれと思ってお嬢様に厳しく当たり、その後自分勝手に方針を変え、優しく接して骨抜きになさったというわけですね」
「スッゴイ嫌味をありがとう。――ええ、そうよ。わたくしには教育の才がないって痛感したわ。あなたのおかげでね」
そりゃどうも。
ふむ、今はこれで十分か。――ああ、そうだ。
「ところで私、嗅覚がずっとおかしいのですよ」
「え、じゃあ病院で診てもらう? その黒い骨格も」
「はあ」
「大丈夫よ、この手の問題はフェリーチャ議員が詳しいから。大船に乗ったつもりでいなさい」
おいおい。今乗ってる大船に、何が起きたか知ってるよな?