142話目 ちょっと一服
ふと気付くと、病院のベッドに横たわっていた。
『あ~ら、ザンネン。あなたの夢は終わりよ~?』
瀬玲七が、枕元から私を見下ろしている。
『ずいぶん幸せな夢だったみたいねえ~。笑い声が気持ち悪かったわ』
ううっ……瀬玲七……。
振り払おうとするも、手が動かず、声も出ない。
『ねえねえ。デブなあなたが好き~って、本気で言ってると思ってたの? スッゴーい、あなた頭がいいと思ってるバカよね~。え~ぇ、あたしも好きだったわ~、お金出てくるオモチャだったもん』
瀬玲七が耳元でささやいてくる。
『ねえ、保険金サギってあるじゃない? あれって、犯罪で捕まっちゃうでしょ。だけど、あたしは違うの。あくまであなたが勝手にお金を出しただけ。スキスキスキ~ってね。ありがとね~。お礼に特大のどん底に叩き落としてあげるわ。これ、なんて言うんだっけ? ざまぁ? いいわね~、ざまぁ大好き~』
ふざ……けるな……。
『あ、言いふらしていいわよ? でも、あたしってば外ではイイコちゃんだから。よ~くご存知でしょ~?』
ああ……よく知ってるさ。
『品行方正なあたしと、腐ったデブ。どっちを信じるかしら?』
くそっ……! 瀬玲七……瀬玲七……!
「――はっ!」
私は目が覚めた。
かたわらには、銀髪の女がいる。セレーナだ。
「気付いたみたいね」
「ここは……」
「船の上よ。爆発してから3分ほどね」
周りでは、ノォ婆さんや傷ついた護衛らが眠っていた。セレーナの【治癒領域】の恩恵を少しでも増やすためだろう。
抵抗の概念は、回復魔法にも適用される。治すさいの常套手段だ。
「あなたの意識が飛んでるなか、ずーっと、恨みがましく呻いてくれてたわ。セレナ、セレナってね」
「――申し訳ございません」
「こちらこそ。チラ見で催促して、悪かったわ」
「いえ。全員生き残るには、あれがベストでした」
起き上がろうとして、体が動かないことに気付く。
そうだった……。手だけでは「代わりに持つ」扱いにならなかったので、頭だけ船に残して、全部ピルヨに持って行かせたんだった。
頸椎から下は、爆心地で木っ端みじんである。
「ガイさん。ここからリセットは出来る? 駄目なら船に戻らせるけど」
「感覚はあるので、なんとか出来そうです」
護衛の1人に、頭蓋骨を持って甲板に出てもらった。
「リセット・フルパワー」
多大なエネルギーの消耗と引き替えに、体の集まってくる感触がある。しばらくして、大小さまざまな骨がやってきたので、いったん近くで全部がくるまで渦を巻いて待機させ、それからユルユルと組み立てていった。
骨が黒ずんでるな……。それに、病院で嗅いだ妙な匂いもする。
潮の匂いや焦げたものとも違う。いったい何だろうか。
歩いて戻ってくると、少し驚かれた。
「い……色黒ね」
「イメチェンしました」
カラ元気である。
正直、殺意と狂気をむき出しにして襲ってくる敵は、精神的にキツかった。ゴブリンを相手にしたときは冷静でいられたが、あれは人外だったからというのが大きい。
ヤク中とネクロ教団の信者は……人間だった。
殺さなければ殺されるという状況にも関わらず、ロクに動けなかった。
向こうにあるストーブの前では、ピルヨが歯をガチガチ言わせながら暖を取っている。ノォ婆さんの後継者だというバンビーナも、その近くで泣いていた。
「あぁぁ……ムリですムリです、候補なんてムリムリムリムリ……」
まあ、気持ちは分かるがね。
セレーナが、空になった紫キューブを置き、次のを手にした。
「お婆様だけど、かなり重傷よ」
「では、出馬は」
「出るって言うでしょうけど……」
静かに首を振る。
――ああ、ダメか。
ピルヨの羽も、治るまで2ヶ月以上かかった。回復魔法は、自らの治癒力を促進する効果に重きを置かれている。万能には程遠い。
「セレーナ様。敵はここで全滅させるつもりだったハズですから、今後これほどの猛攻はないと思われます」
「戦力の逐次投入を避けてると見たのね。嬉しいわ」
しかし、選挙戦は始まったばかりである。今後も何を仕掛けてくるか分からない。
子鹿を見ると、やっぱりブツブツと呟いていた。
「あぁぁ、死んじゃう……死んじゃいます……ムリムリムリ……」
――これは厳しいな。公示日までになんとか立て直さねば。
「ねえ、ガイさん」
セレーナの呼び掛けに、私は振り向いた。
「ちょっと迷ったけど……やっぱり訊くわね」
「なんでしょう」
「『セレナ』って、誰?」