139話目 解散
「ぐはは……。おい、マリーノ。結果は出たんだ。早く木槌を鳴らせ」
「――むう」
噛み付きガメにうながされたヒゲの議長は、無情にも木槌を2回叩いた。
これによって確定した。議案は「否決」だ。
セレーナが悔しそうに肩を震わせる。
「同一議会中……、同じ議案は一回のみよ」
ロッセッラは優雅に扇子をあおいだ。
「ねえ~ん? 代わりにアタシってば~、マリーノ議長解任の議案を出すわ~ん?」
「そりゃいい。賛成だ」
軽薄な男が拍手をした。名前は「トビア」……トビウオだな。
「ジャコモもいいだろ? 議会に新しい風をってやつだ」
「ヘヘッ……もちろんでヤンス!」
小男がペコペコうなずいた。ああ、こっちはジャコか。
婆さんがドンッと机を叩く。
「お前ェら、クスリで頭をヤラれたかい。前回の骸骨王は、全世界がまとまって何とかブッ倒せたヤツなんだよ? ここでマリーノを引きずり下ろして、どうする気さ」
「キキッ、ババアこそモーロクしたか? 何かをして欲しけりゃそれ以上の物を差し出せ。そうでなきゃ、オレは納得しねえな」
「そりゃお前ェに頭がねェからだろ。バナナを出されりゃホイホイ尻尾振りやがって。目先に囚われすぎだ」
「アラ~、おばあちゃんったら、ふる~い。そんなカチコチだから、後継者をツブしてきたのよね~?」
議会が紛糾といえばカッコいいが、早い話がギャイギャイわめきあっているダケだ。
「でもでも~、今度の子鹿ちゃんを育ててるってことは~、いよいよ死期が近いの~?」
「へっ。いま死ぬお前ェよりは遅ェさ、ロッセ」
すぐさま婆さんとロッセッラが立ち上がった。両者、杖を構える。
「静粛に」
評議長が木槌を2回叩いた。
「わかった。――このままやってもラチが明かないことはな」
マリーノは、すっくと立ち上がった。
「評議会を、解散する!」
反対議員たちも、これには驚いたらしい。傍聴席にいた数名の記者が、大急ぎで外に駆け出していく。
「ぐはは……マリーノよ、ヤキが回ったか?」
隣のガブリが、ドスの効いた声を響かせた。
「議長の座も下ろされ、自分の提案が何一つ通らなくなると分かって解散か。かつてのライバルも堕ちたものだな」
「そんな浅ましい考えならば、とうに議員など辞めているさ」
マリーノは、他の議員を見回した。
「聞け。友が襲われた時に逃げ出す者は、自分が襲われた時に誰からも見捨てられるだろう……と言ったところで、心に響く者は多くないよな」
議員の大半は皮肉めいた笑みを浮かべている。
「なので、体験させることにした。――先生だの、議員サマだのと持ち上げられたところで、落ちてしまえばタダの人だからな」
マリーノは、反対したメンツを睨んだ。
「世界の危機に否決したんだ。再び戻ってこいなどとは、口が裂けても言えん。ただ、次のメンバーが、これより良くなることを願っている」
「キキッ、そのときお前の席ねーから!」
「言ってろ、猿」
しばし2人はニラみあっていたが、マリーノの方が頭を振って先に退出した。猿人もあとを追う。
「ぐはは……いよいよワシが評議長になるときがきたな」
「ア~ラ、アタシがなるわよ~ん」
「おいジャコモ、忙しくなるぞ」
「そうでヤンスね、兄貴」
反対した議員らが、続々と議会をあとにした。残ったのは、賛成したメンバーと私たち、あとは記者が数名に警備と速記である。
「ど、どうしてこんなことに……」
全身真っ白のテレーザが、銀のバイザーを取って目を拭った。その肩を、フェリーチャが優しく叩く。
「大丈夫よ、きっとみんな分かってくれるわ」
「船長さん……」
「さあ、行きましょう。再びここに戻ってくるためにね」
「――はい」
婆さんも、「行くよ」と私たちを引き連れて議会をあとにした。
いつの間にか匂いは感じなくなっていたが、衝撃の展開に鼻がマヒしてしまったのかもしれない。
慌ただしく宿に戻り、各自が荷物をまとめる。
「アンちゃん、お疲れ~」
ピルヨが呑気に部屋をのぞきにきた。
「可決もしたし、ちょっと遊べるやろ? いい飲み屋知っとんねんで、今日はそこに……」
「すみませんが、更に南に行くことになりました」
「え、こっからミナミ言うたら、島やな。泳ぐん? 潜るん? ちぃと今の季節はサムいでー」
しねえよ。
「協力法案が否決されたので、マリーノ評議長は議会を解散させました。私たちは選挙のため、シニャーデ島に渡ります」
「なんやて!?」