137話目 鼻が利くガイコツ
野次馬の反応を見る限り、議員が襲われるのはわりと日常茶飯事らしい。それを軽くいなせる強さも必要というわけか。
出来ないならば、この世から退場しろと。
「へっへ、戻るぜ」
ノォ婆は、ギャラリーに手を振ったのち踵を返した。セレーナたちと共に宿へとお邪魔する。なにげにピルヨも、しれっとついてきている。
「お婆様の護衛陣は……?」
「爆弾魔はキケンだろ。国民に危害が及ぶ前に始末さ」
闇から闇へ葬るんだな。姿も知らない鉄砲玉よ、合掌。
ノォ婆は、2階の角部屋をハデに開けた。
「おい、バンビーナ! だらしないね!」
「ヒッ!」
まだ若そうな鹿女が、壁とベッドの間でうずくまっている。
「あ、あの……。ノ、ノヴェッラ様……」
「おう、お前あたしの後継者だろ? 矢面に立ちてぇなら、花火ごときでオタついてんじゃないよ」
「は、はいぃぃ!」
ノォ婆は、床に座る子鹿を杖で指した。
「こいつはまだ新人でね。キッチリ仕事を叩き込むまでは、引退するワケにゃいかねェのさ」
「お婆様ったら。それではあと100年現役ですわ」
「へっ! ブリジッタがいりゃァ、議員のイスも譲ってやったんだがね」
婆は腕を組んで壁にもたれかかった。
「さて、今年の評議会は先頃始まったばっかりさ。セレーナ、休日明けの明日にゃア議案を出すよ。参考人としてお前もスピーチしな」
「はい」
「それと……」
そこでノォ婆は、私に顔を向けた。
「お前さん、ガイギャックスってンだろ? ウワサは聞いてるよ。スライムの手足となって動いてるそうじゃないか」
「お耳を汚してしまい、恐縮です」
「へっへ……。とくにエルフの話が痛快だったね。キューブ会社を立て直した話はシビれたよ」
「ありがとうございます」
「――そうそう。『出目ピン』ってあっただろ? あたしゃ、そこから献金受けてンのさ」
げっ。
ノォ婆は、ニィーッと笑ってみせる。
「サーバをよく追い出してくれたね。カタギに手ェ出すヤツァ駄目だよな」
いやはや、心臓に悪いね。ないけど。
なんにせよ、「出目ピンの売上を落としやがって」とか言われなくて良かった。
「へっへ、出来のいいセレーナも据えられたし、万々歳さ。あんたも明日、セレーナのお供についてきな」
「かしこまりました」
それに不満を訴えるのが、セレーナの本来のお供らだ。
「ノヴェッラ様……それでは我らの立場が……」
「心配性だね、スピーチの時だけさ」
婆は苦笑した。
「窮状を訴えてるのが、魚人だけじゃねェっていうアピールだよ。あとは、ダーヴィドの第3王女を見事に表舞台に返り咲かせた手腕だね。――スピーチするさいに、お前たち魚人の誰かと、この骨とを比べたら、そりゃあ骨を連れてくだろ?」
高く買ってくれたね。
せっかく休日に到着したことだし、セレーナはしっかり休むのかと思いきや、病院の視察に向かった。
「ガイさん、あなたも当然来るわよね?」
真面目だね、第1王女は。
「お供いたします」
ピルヨ? あいつは羽を伸ばしてた。来るわけないよな。
訪れた病院は郊外にあった。
「薬物汚染の実態よ」
セレーナがぼそりと呟く。
大部屋に入ると、あさっての方を見てヘラヘラ笑ったり、焦点の定まらぬ目でボーッとしたりする患者たちがベッドに横たわっている。
「最近、この国で急速に流行っているクスリの影響ね」
あの笑っている奴の症状、かつて見たことがある。ドワーフ爺と「かくれんぼ」したときだ。
「少し含むだけで幸せになれるって触れ込みでね。手放せなくなったときが終わりの始まり。ここがその終わりよ」
前世のドラッグと似たようなものか。
「あら、これはセレーナ様」
廊下の向こうから魚人の美女が現れた……頭に船のカブりものをして。
「お休みの日もご熱心でいらっしゃって。イェーディルは安泰ですわね」
「これは、フェリーチャ議員」
セレーナは、嬉しそうに耳ヒレをピチピチさせていた。お前も案外、分かりやすいよな。
「いえ、議員のほうこそ、毎回患者さんを診ていらして。わたくしもこのぐらいは」
――ん?
なんだ、何か妙な香りが。病院特有の匂いが強くなったというか。
一度意識しだすと、嗅覚に強い刺激をもたらす。ないハズの鼻が、ムズムズする。
「ガイさん」
横目でセレーナに睨まれた。
「ここは病院よ。怪しい動きは慎んで」
怪しい動きならベッドの患者たちが……というのは自重しよう。
場所を応接室に移し、フェリー頭の美女とセレーナはお話しした。
「薬物が、ギャングの資金源になってるんですね」
「ええ、そうなんです。警察とも連携して根絶を目指したいのですが、貧困問題も絡むとなかなか……」
あ、これ本当に政治だな。
しかし私は、匂いに気を取られて集中できなかった。
うーむ、師匠から小瓶の砂を嗅ぐよう言われたが、親和性が高すぎたのか?
病院の匂いが外でも続くと困ったな。
セレーナは、イェーディルの予知夢についても説明し、それについて協力もお願いして、病院をあとにした。
外に出たら匂いは収まった。あー、良かった。