136話目 4つのネ
「ところで、疑問だったのですが」
旅の途中、私は筋肉隆々の魚人とお話ししていた。ピルヨと話す以外は、この筋肉氏とが一番多い。こちらが選んだわけではなく、向こうがマークしているからだ。
「他の国へ協力要請を行った王族は、やはり別の王族に会いに行ったのに、ヴェスパーだけは違うんですね」
「知らんのか、情報に疎い骨よ」
皮肉っぽく笑った彼の名は、ダルマツィオ。筋肉ダルマだ。
「ヴェスパーは、世界で1番民主的な国家でな。かつては小王国が乱立していたのだが、70年前の大戦を機に、一致団結したのだ。そのさい、より民間から優秀な人材を募ろうということで、選挙で代表を選んでおるのだぞ」
「ははぁ、なるほど」
あー、うん。国の成り立ちについては知ってる。選挙の仕組みもな。前世で動けなくなる前は行ってたし。
「それでダルマツィオさん、議案にかけてもらう、とは……?」
「セレーナ王女様のお婆様、ノヴェッラ様が、9人しかいない評議員のうちの1人なのだ。そこで、まずはお婆様に話を通す。そののちに、議会で提案をしてもらい、賛同者を募るわけだな」
超遠距離の通話はすでに行っている。しかし、かつての予知夢は全世界が視聴したが、今回はイェーディル城だけだ。しかるべき立場の者が、キチンと説明をする必要がある。――たとえツーカーの仲でも、だ。
ピルヨがぼやく。
「あンな、誰でもなれるっちゅータテマエやけどな? 実際は、『カネ、コネ、ハネ』っちゅーて、3つのネがいるっちゅーねん。――あ、羽根はワテにもあるけど、そーゆー意味ちゃうで。それこそ、王族とか、社長とか、知名度ボーナスがあって、空飛んでるぐらいバビューンって目立つっちゅー意味や」
実に分かりやすいな。
日本にも、「地盤、カバン、看板」の3バンと呼ばれるものがあった。まったくのド素人に議員になられても困るので、ある程度の足きりにもなって良い反面、優秀な政策やめざましい実行能力を備えた人が選ばれる仕組みからはズレているのが問題点だった。
後ろでセレーナが言う。
「ヴェスパーの評議長は、ずっとヒゲの議長さんが務めてるわ。非常時の協力体制を築く議案には理解もあるし、成立させてから、不穏な動きをチェックすることにしましょう」
そっちから話すのはいいんだな。
こっちからは、コイを見ようとするだけで警戒されるんだが。「ダルマさんが転んだ」じゃなくて、「ダルマさんが睨んだ」(継続中)だ。
2週間に及ぶ旅も終わり、ついにヴェスパーの首都、ナリムへとやって来た。
「にぎやかですね」
「せやろ? 人数だけならイェーディルより多いで」
今までの宿場町がこじんまりとしていて、せいぜい国境まえの町がちょっと大きいかな、という程度だったので、そのギャップに驚いた。
セレーナが呟く。
「ノヴェッラお婆様の定宿へ行きましょう」
その直後、ハデな爆発音が響いた。
「なっ!」
魚たちはセレーナを守るようにグルリと囲む。
「あ!」
ふわっと飛んだピルヨが、南を指差した。
「あっこから煙上がってるで!」
「! そっちは宿の方よ!」
人混みが一段とカオスになるなか、魚の群れとハグレないよう私も駆けていく。
ついた先は酒場だった。1階が飲食に酒も出る店で、2階が泊まれるという、典型的なヴェスパーの宿である。
『おい、あの角が焦げてるぜ!』
『ホントね~。でも、頑丈だわ~』
野次馬が指差した先からは、たしかにブスブスと白煙が出ていた。
『あ! 誰か出てくるぞ!?』
人が口々に叫ぶなか、店の入り口から小柄な婆さんが出てきた。
「おう、みんな」
バーから婆。
「あたしゃピンピンしてるよ。もっとも、角に泊まってた新米護衛はビビッたがね」
へっへと憎たらしげに笑うと、野次馬もドッと笑う。
「お婆様!」
「よぉ、セレーナ。よく来たね。お前のために花火上げさせたよ、ギャングにな」
「もう、お婆様ったら」
白髪の婆さんは、左目に眼帯をつけていた。背筋はのびており、かくしゃくとしている。手にした杖は魔法用だろう。
すぐに護衛陣が出てきた。
「ノォ婆、勝手に困りますよ」
「うるせえな。あたしゃこのスタイルで生きてきたんだ。撃ってきた奴はブチ殺すよ」
白昼堂々と殺害宣言か。議員スゲー。
ノォ婆は、さっと首を巡らせた。
「おう、ギャング? どうせ聞いてるだろうから言っとくがね。あたしを死なせるなら、世界丸ごとブッ壊すぐれェの爆弾用意しな! そしたら、腹の底からゲラゲラ笑って、笑い死んじまうかもしれねェぜ?」
不謹慎とかブラックとか、もうどれだけのタブーか分からんものを次々と喋るババア。観客は、そんな発言にスッカリ魅了されている。
しかし、爆弾か……。
ピルヨは「3つのネ」と言ったが、もう1つ必要なネがあったな。
生きていること……息の根だ。




