134話目 疑うことを忘れるな、信じることを恐れるな
必要ないと言われる日が今日だったとは、さすがに予想外だった。
「あたしだって、本当はガイに来て欲しかったわよ~」
ジャスティアでは、骸骨の嫌われっぷりが半端ないらしいからな。
「それもあるけど、セレーナお姉ちゃんが大変だろうなって思ったの。魚人の裏切りがどうこうって夢もあったでしょ?」
おや。
「私はてっきり、セレーナ様の動向を見張るのが目的かと思っておりました」
「ん~……あのね、ガイ」
「なんでしょう」
「セレーナお姉ちゃんって、悪者なのかな?」
私は、咄嗟に返せなかった。
「お嬢様。お忘れかもしれませんが、セレーナ様はあなたを50貫のまま、舞踏会で笑い物にする気でしたよ?」
「ん~……そうなんだけど、何か違和感があるのよね。サーバ社長の、悪意バリバリとは違うのよ」
ほお。
「つまりね、ジャマを仕掛けてこないの」
はあ。
「お嬢様。お言葉ですが、私と初めて会ったのはドコでしたか?」
「ろ、牢屋の中、だけど……」
「魔力を測る水晶も、細工されたおそれがございます。また、私の部屋に忍び込んだコソドロ狼もおりましたね」
「えっ……? ま、まさか、ぜーんぶお姉ちゃんの仕業だったって言うの?」
「サーバ社長の後釜として入ったのは、どなたでしたか?」
「――お姉ちゃん」
そう。
「お嬢様を貶めてトクする人間の中に、セレーナ様は入っております」
なんだかんだ言って、策略が不発でも大丈夫なようにしてるしな。得意な色も同じだし、疎ましく思ってても不思議じゃないんだよ。
お嬢様はうつむいた。
「セレーナお姉ちゃんね……? 最近の食事会では、色々と指導してくれてたのよ?」
懐柔されてるな。
「お嬢様。人を信じるのは素晴らしいですが、盲信すると、人狼ゲームのようにガオガオされてしまいますよ?」
「うん……ありがとう、ガイ」
お嬢様は私をハグしてくれた。
準備の時間はあっというまに過ぎ、出発の朝となった。
お嬢様たちのジャスティア行きと、私たちのヴェスパー行きは、くしくも同じタイミングであった。
セレーナとブリジッタ、そして国王が、名残惜しそうに話をしている。
お嬢様一行には、モーフィーとピエールがいた。なので、犬人たちとエルフたちがお見送りである。
ピエールがミシェルを抱きしめていた。
「ではミシェル、行ってくるよ」
「いってらっしゃい、お姉ちゃん。私、頑張って悪夢を見るわ」
なかなかのパワーワードだな。
城外で唯一悪夢を見たのが、「月に魅入られた子」のミシェルだった。それも、連日らしい。
「少しでも夢に変化があったら、お城に知らせるわね」
「ああ、頼んだ」
私の見送りには、トカゲ師匠が来てくれた。
「ガイさん。これを進呈します」
差し出された小瓶には、砂が入っている。
「師匠、これは一体……」
「ガイさんは、土に適性がおありのようでしたからね。我が国伝統の鍛え方をお教えしようかと」
瓶を開けて、匂いを嗅ぐ。それによって、体のすみずみまで土の気を取り込み、より親和性が高まるのだそうな。
「ありがとうございます、イスマイル師匠」
「いえいえ、ガイさんには時間を生かすワザを教えてもらいましたから。これぐらいお安い御用です」
そこへ、熊さんが焦った様子でやってくる。
「あー、やっぱり旦那の所だったでさぁ」
「ははは、チコさんにバレちゃいました」
黙って出てきてたのかい、師匠。
しかし……チコさん?
「はい、熊さんの名前ですよ」
えー、そうだったんだ。カワイイじゃないか。
そんな師匠は、熊さんに叱られながら、次の現場へと去っていった。
「ガイ君」
入れ替わりに、ダーヴィド国王がやってきた。
「セッちゃんのこと、よろしく頼むよ」
「分かりました」
「あ、そうだ。さっきのイスマイルさんのように、僕も何かプレゼントした方がいいかな」
「いえ、お気遣い無く」
「そう?」
国王はお茶目である。
「じゃあ、一言だけね。『疑うことを忘れるな、信じることを恐れるな』」
――何か、標語みたいだな。
「ガイ君の人狼スタイルを見ていて、とても惜しいなと思ったのでね。――なんかエラそうだな、ごめん」
「いえ、心に刻みます」
やれやれ、とんでもない洞察力だな。
私は……人を信じる術を知らない。
傷つくのが、怖いんだ。
国王とお嬢様チームは、マーサ様の墓参りをしてから出立するとのことだった。
本当は、年明けすぐに亡くなったそうだが、それで自粛ムードになるのはツラいと、少しのあいだ伏せていたのだそうな。亡くなったときまで配慮する必要があるとか、エラい人は大変だな。
「パパも、実は大晦日の生まれよ?」
こそっと耳打ちしてくれるお嬢様。
「でも、ただでさえ新年パーティーがあるのに、前日も準備とか大変じゃない? それで、まとめちゃったの。おかげで、挨拶が長くなってるけどね」
あー、本当に配慮してるんだな。
お嬢様は、私の骨の手をギュッと握った。
「じゃあ、ガイ。頑張ってね」
「ええ。お嬢様も」
私たちは、別々の道を歩き始めた。