130話目 ガイギャックスはお嬢様の夢を見る
なんとも不思議な夢を見ていた。
「ガイ。今まで、本当にありがとう」
麗しい女王となられたお嬢様から、唐突に告げられる。
「あなたのおかげで、立派に成長したわ。――だから、もうあなたは要らない。腹心も、あなたより優秀な人を揃えたしね」
ああ、そうか。
私は、お役御免か。
何かを教えるということは、1つずつ手札を開示していくに等しい。インプットよりもアウトプットの方が多ければ……そしてお嬢様の飲み込みが早ければ、こんな日は、遠からずやってくる。
それが、今だったのだ。
私は礼を述べ、暇を取った。
ふと、セレーナはどうなったのかと、思いを巡らせる。
それが良くなかったのだろう。
私は……瀬玲七の方を思い出した。
『あたしがあなたのことを好きとか、本気で思ってたの?』
ぞくりと。
ないはずの心臓を、冷えた手でわしづかみにされたような感覚。
やめろ……お前は消し去ったんだ。
それのせいで、太ったり、そしてヤセたりは……前世に置いてきたんだ!
『アイツに勝てる要素が、あなたに何かあったかしら?』
フザけるな!
瀬玲七に迫ろうとするも、動けない。
『あらあら、100貫デブさんは歩けないのね。転がって移動すれば?』
言われて気付いたが、私は三井桃矢の体に戻っていた。
1歩も動けない体に。
その瞬間、ぐぐっと自重が足にのしかかる。耐えきれずに、たまらず地面に横たわる。
『あぁ、体重なら勝てたわねえ。4人分ぐらいかしら? 圧勝じゃない、良かったわねえ』
ぐっ……や、やめろ……。
その艶やかな黒髪が銀色に染まり、耳ヒレが出てくる。
セレーナ……。
「ガイさん。――いえ、三井桃矢さん。あなたは随分、エラそうな講釈を垂れてくれたわね」
瀬玲七と同じ顔の女は、鼻で笑った。
「自分が実践していないことを、よくもエラそうに言えたものね」
ふ、ふふふ……。
その言葉は、自嘲でやり過ごせた。
出来なかったからこそ、私のようになるなと示したのさ、お嬢様にな。
「お嬢様……ねえ」
セレーナはあざ笑った。
「それで、あなたは?」
――なに?
「あなたはどう変わったの? 教えてよ」
クソッ……。
肉のある体はキライだ。心臓がバクバク言うし、汗もすぐかく。息が苦しい。
「ふふっ……言えないわよねえ。本当のあなたは、ずっと弱いままなんだから」
セレーナが、横たわる私に向かって悠然と歩いてきた。
「因縁を、置いてきたつもり? お生憎様。あたしはずっといるわよ」
セレーナは蔑んだ目で見下ろした。
「最初に私を見たとき、よくガマンしたわねえ。エラいエラい。よく意識に上らせなかったわ」
――やめろ。
「あなたって、自分をダマすのも得意なのよね? なによ、この世界で初めてあたしに会ったとき。『おお……初めて王族らしい受け答えをされた気がする』とか、『コレだよ、コレ』とか」
ぐぐっ……やめろ!
「ウソばっかり。あなたの本心は、そうじゃないでしょう? 真っ先に、『お前がなんでココにいる!』って思ったでしょう?」
セレーナは、もはや笑ってもおらず、無表情だった。
「あたしからは逃げられないのよ。死んでもね」
「――はっ!」
私は目が覚めた。すぐさま跳ね起き、手が骨なのを確認して安堵する。
本日は1月1日。新年の祝日があったため、年明け2日目だ。
くそっ……ひどい悪夢だった。
初夢は、濃縮した野菜ジュースのように苦みを帯びていた。
眠った状態で見るソレを、逆夢と願うにはあまりに生々しくて。
ふいに、転生前の青鬼の言葉がよみがえった。
『強く生きて下さい』
――強く、か。
世界を越えるほど遠くまで歩いてきたと思ったが。
あるいは、1歩も歩いちゃいないんだろうか。
私はしばし瞑想し、もう1人のセレーナを意識から外した。
ああ……。もう、大丈夫。
私はガイギャックスだ。
お嬢様の部屋を訪ねると、泣きながら抱きついてきた。
「あ~! ガイ~!」
なんだ、どうしたよ。
ゆっくり聞いてみると、どうやらお嬢様は、私がいなかった世界を夢で見たらしい。
洞窟へ助けに来たのはダーヴィド国王だったそうな。なんとか城へ戻ってくるも、ミーケにやられ、ますますイジけモード発動。舞踏会では散々大笑いされ、ゴミが大ハシャギしてたとか。魔道大会ではやっぱりミーケに勝てず、犬人やらエルフやらみんなに笑われ放題。逃げるように国外の相手の元へ嫁いだものの、そこでも何も出来ず、ドンくさいまま一生を終えた……というものだった。
「起きて自分の姿を確認したわ。それから、銀の盾を見たの。だけど、ガイの姿を確認するのが怖くて。本当は……いないんじゃないかって」
ふふっ……こんな事は主従で似なくて良いだろうにな。
「安心して下さい、お嬢様。私はどこへも行きませんよ」
「ガイ~!!」
今度は嬉し泣きらしい。ヒシッと抱きつかれた。
ああ、しっかりと支えるさ。
お嬢様が、必要ないと言う、その日までな。