13話目 またお前か
傷心のお嬢様は、悲しみを癒すために、はぐれゴブリンをしずしずと平らげた。
具体的には、ゴブリンの全身を取り込んだかと思うと、シューッと溶かしていった。あっという間に骨だけになる。
「おめでとうございます。51貫になりましたね」
「やめてー!!」
なら、無節操に食うのをやめろ。
「ま、まあいいわ……。ところで、あなたの核ってどんな感じなの? あたしのを見せたんだから、あなたのも見せなさいよ」
おやおや、ハダカの男女が大事な物を見せ合う。これがエロスか?
――違うな、欠片も欲情しないし。
私は口から核を出すようなイメージをした。面白いもので、いったん自分の中に取り込めば、核はスムースに動かせるらしい。
「あっ……あら?」
私が手にした赤いピンポン玉に、スライムのお嬢様は驚いたようだった。
ふむ、お嬢様の核はボウリング玉ぐらいの大きさだったからな。サイズの違いにビックリしたのだろう。
「あ、あなたの核って……小さいのね」
「ええ、生まれた直後だからかもしれません。そういえば、お嬢様の核は、元からその大きさだったのですか?」
「い、いいえ……。ちょっとずつ、成長したのよ」
なんだろう。お嬢様の歯切れが悪い。いまは歯なんてないが。
――ああ、そうか。
「すみません。私に、配慮して下さったのですね」
「え?」
「生まれたばかりで、核がまだ小さい私に、どう言ったら傷つかないかと。――ご安心下さい。そういう事は一切気にしませんので」
「えぇっと……、うん、分かったわ」
お嬢様はふにょ、ふにょっと動いた。どうやらうなずいたらしい。
「えっと……核っていうのはね。少しずつ、成長していくものなの。それが大きくなるにつれて、強さもランクアップしていくのよ」
ほほぉ。
「では、お嬢様のボウリング玉サイズというのは……?」
「ええ。実は結構エラいのよ? 自分で言うのもなんだけど」
義肢をにょい~んと2つ伸ばし、くの字と逆くの字を作ってみせた。人間だと、「腰に手を当ててふんぞり返ってる」感じだろう。
「お嬢様? そのわりに、ゴブリン相手に牢屋へと押し込まれてたんですよね?」
「ぐっ……あ、あたしは、魔力を調べるのが専門だから! 攻撃は苦手なのよ」
ああ、そうだよな。エラいからって強いわけじゃないよな。
それに、そういう専門職だとしたら、デスクワークっぽいし。部屋にこもってモグモグしてれば、その体型に仕上がるのも納得だ。というか、経験者だ。
「――おや? でもお嬢様、ちょっとお待ち下さい。ガイコツの場合、玉が成長すると、頭にも入れられないんですが」
「え、えぇ~……? あ、あたしはガイコツじゃないし、その辺のことはよく知らないけど……そうだ、きっと鎧とか着るのよ。それで、内側に収めてるんだと思うわ」
ふーむ。ならば、ガイコツはかなり不利だな。強いスケルトンとか、鎧を使っても収まりきらんのではないか?
なんだか、バビルサみたいな印象だ。あれも、湾曲した巨大な牙が特徴的な生き物だったハズだ。たしか、牙がずっと成長して、最後には自分の脳天に突き刺さる宿命だと聞いたが。
「何よ、専門家じゃないって疑ってるの?」
「あ、いえ。決してそういうワケではなく」
私が黙っていたのを、誤解したらしい。
「いいわ。見せてあげる」
お嬢様は義肢を伸ばすと、その先端に紫色の光を集めた。
「【魔法分析】! アーンド、【魔力視覚】!」
その途端、ピンポン玉から赤い奔流が立ち上る様が見える。
「ほほぉ。このエネルギーが、私を動かす魔力なんですね」
「いえ……あれ? ちょ、ちょっと待って! 貸して!」
いつになく真剣な口調に、大人しく渡す。
ぺたぺた触っていたかと思うと、さっきの痙攣なみに震えだした。
「マ、マズいわよ、これ……!? ほら、ココ! ヒビが入ってる!!」
――なに?
「どういう事でしょう」
「えっとね……核は、周りから魔力を集めて体を維持させるんだけど、あなたの核にはヒビが入ってるせいで、溜まる以上に漏れてるの。このままだと、すぐにまた命の危機よ!」
「なっ」
どうしてそんな事に?
「ヒビとは、簡単に入るものなんですか?」
「いえ、普通はないわ。魔法の武器で攻撃とか、あるいは、魔法生物が鋭い刃物で引っ掻くとか」
「――あ」
分かった。
私の脳裏で、鋭い爪を持ったクソカラスが「カァー!」と鳴く。
またお前か!!