128話目 お久しぶりです
サバが支社長の座を引きずり下ろされたと思ったら、次に就いたのはセレーナだった。
チッ……狙っていたのか、あの女。
なんでも、サバの遠縁がブリジッタらしい。暫定的には誰をつけても不満が出るとのことだったので、娘であるセレーナの登板となったんだそうな。
翌日、工場にセレーナが見えた。
「マケール様、皆様。このたびは、我が社の前社長が極めて愚かな行為をいたしました。誠に申し訳ございません」
いやはや、2年がかりの戦略とは恐れ入るね。騒音法も、エルフ工場の弱体化を狙ってサバが仕掛けたものだったとは。
エルフの会社が閉鎖すると思いきや、存続するとなって焦ったらしい。
「また、以前こちらの工場で働かせていただいた時も、思い込みによって多大な迷惑をお掛けしました。重ねて、申し訳ございません」
ふむ。よかれと思ってやった、か。
ならば、なおのこと最悪だよ。
過ちと認識できない過ちを犯していたのだからな。
工場のエルフさんたちは、優しいので許していた。
セレーナは、またも深々と頭を下げる。テオ君によしよしとなでられて、涙腺が緩んだのか、本気で泣いていた。
そのあと、キューブ生産の肩代わりを申し出てくる。請負額は、相場よりも少し安いぐらいだ。
――取引先が全滅したことは、本当にコタえているんだな。
マケールさんは柔和に笑った。
「分かりました。お願いします」
あなたは神か。
ここで仕事を与えることの意味は、十分に理解しているだろう。
被害を受けたエルフの工場長が、仕事を回す……つまり、赦すという意味を。
サバやコイがどうなろうと知ったことではないが、向こうの会社にも大勢の社員がいる。
彼らが路頭に迷わないためだ。
マケールさんは、強い。
トカゲ師匠の元へ行くと、新店舗が出来上がっていた。
「ガイさん、設備の搬入込みで、ジャスト1ヶ月です~!」
「やりましたね、師匠」
「はい、熊さんもキセキが起きたって言ってました~」
――明日はクリスマスか。
おりしも、今日は雪がチラチラと舞っている。この分だとホワイトクリスマスになりそうだ。
「ガイさん、そう言えば、【力場】と【空気】のワザ、気付いちゃったみたいですね」
「ええ、まあ」
「他にもいくつか呪文をお教えしましたが、悪用はダメですよ?」
「はい、大丈夫です」
燃費悪いからな、あのコンボ。
――や、倫理的にも、使い所は見極めるよ。
翌日。マルちゃんのピザ店は大盛況だった。
「ガイちゃん。具材を変えたら、ピザはまた別の魅力が出るザマスね?」
「はい。カレーと同様です」
「ならば、このスタンダードなピザの愛称を付けるザマス」
「よろしいのですか? では……マルヨレイン・ピザと名付けたく」
「んまー! ガイちゃんったら、あたくしの名前ザマスか!?」
「はい、このような新作料理を、何度も試作させていただきましたのでね。是非とも、王妃様の名前をと」
「嬉しいザマス! 後世まで残る気がビンビンするザマス。あたくしの名前が残るザマスよー!」
おー、全身で喜んでくれて、こっちも嬉しいよ。
本家のマルゲリータも、王妃の名前だからな。マルちゃん繋がりで、この世界ではマルヨレインだ。
大はしゃぎしてるマルちゃんをチラリと見て、その真ん丸さにふと思った。
――ま、あらゆる意味で、ピザにぴったりだな。
エルフの工場では、今回の一件で見直しが行われた。
全体をギリギリまで最適化すると、不測の事態が発生したときに弱い。
なので、「こんな事もあろうかと」という余裕も必要だと。
具体的には、マキトリや、やきやき君などの資格を取った人にはいくらか給与アップとか、あるいは、メシ炊き班に代わる代わる助手で入って、料理のウデを鍛えるとか。
企業でいえば、「商品開発」や「研究開発」がまさにそれだろう。
明日の企業を支えるもののために、いま、開発するわけだ。
芽が出るかどうか分からなくても。
これを怠った企業は衰退する。
出目ピンの会社の内部情報が、漏れ聞こえてきた。
なんでも、セレーナが矢継ぎ早に改革しているらしい。
「個人のノルマ? 会社にいる人間は全員頑張っているわ! 他人を助けたら自分の評価が相対的に下がるとか、最悪のものよ! 止めさせなさい!」
「あと、残業も禁止よ。この工場のほうが立地がよいのに、エルフの工場より生産性が低いとか、笑えないわ」
「いくら騒音法の適用外と言ってもね、モラルはあるのよ。夕食のあとは機械を動かさないで!」
「そもそも、残業代、なにコレ? 奴隷? わたくしに悪評をつけようって魂胆なの?」
「安くコキ使う発想は止めなさい!」
――ふふっ。必死だな、セレーナ。
ふと、ピザ屋から帰るとき、魚人の親子と目があった。
両親がペコリと頭を下げる。
子どもは、無邪気にはしゃいでいた。
「おとーさん、お給料そのまんまで早く帰ってこれるようになって良かったね! セレーナ様にありがとうだね!」
まあ、子供は素直だね。
お手々つないでピザ屋の行列に向かう3人を、ほほ笑ましく見送った。