122話目 青く塗られた青の中で、ボッてボラれて生きるのさ
「馬鹿な!」
ジェラールが吠えた。
「黒キューブの製造は大侵攻の前までだ! 我らが今作っているのは、赤と茶色だけであるぞ!」
「で・す・か・ら。『黒を製造していない』保証として、有資格者の監督が必要なのです。お・わ・か・り?」
サバ社長は、子供に言い聞かせるかのように指を振った。
――ダメだ。完全に建築の時と流れが一緒だ。あのときはトカゲ師匠を連れてくれば良かったが、今回は違う。コイツの自信からして、町の資格者は押さえている。
もっとも、引き下がるつもりは全くない。この手の輩が資格者に「交渉」を持ちかけたのなら、私も彼らと「お話」すればいい。
そんなことを思っていた時期が私にもありました。
「オーッホッホッホ!」
突如、お嬢様が高笑いを始めた。――なんだ、バグったか?
お嬢様は、前に出てきて私の立ち位置と変わるさい、「任せて」と耳元でささやいた。――分かった、任せよう。
「サーバ社長」
悪役令嬢モードを絶賛発動中のお嬢様は、つなぎ姿のまま、羽付き扇子をファサッとあおいだ。
「お仕事を肩代わりするご提案ですけど……話になりませんわ」
「あら、スラヴェナ王女様」
大物が釣れたと知って、サバは眼鏡を光らせた。
「わたくしども『出目ピン』は、善意の申し出を致したまでのこと。おイヤなら、もちろん拒否なさってよろしいのですよ?」
「善意? 相手の弱みにつけ込むのは悪意と申しますわ。ヴェスパーのお国ではどうか知りませんが、ここはイェーディルですの」
「あらあら……これは失礼。商売をやっていると、どうにもスレてしまいまして。王女様、ご容赦くださいな」
サバは丁寧に膝を折った。サバ折り。
「ですが……王女様、本当によろしいのですか? マルヨレイン王妃の新店舗用に加え、王家の新年祝賀パーティーにもキューブはご必要なハズ。どちらも先延ばしに出来ない、重要事項でしょう?」
だよな。とくに新店舗は、早く作ろうとしたのがアダになるとか、なんて皮肉だ。
しかしお嬢様は、余裕たっぷりの様子だった。
「サーバ社長。資格のお名前、なんて言うのでしたかしら」
「ええ、魔道危険物取扱士ですわ。略は……」
「マキトリ」
お嬢様が、セリフを奪った。
「2級の1次試験は、高等教育を卒業、もしくは卒業予定であれば免除となりますわ。教育費は高額でしたが、ありがたいことにお父様から出していただきましたの」
「――は?」
「2次は、『やきやき君』の温度に泣かされましたわね。出題範囲が幅広くて、2回も落ちましたっけ」
サバ社長は口をパクパクさせている。おう、魚人はみんなコイか。
つまり、お嬢様は……。
「3回目で取りましたのよ、マキトリの資格」
「なっ!?」
サバは慌てて両脇の黒服を叩いた。
「ボサッとしてないで、調べなさい! ウ、ウソに決まってるわ!」
お付きの1人が魔具で連絡を入れた。しばらくして、愕然とした顔になる。
「も、持っているそうです……」
「はあ!? なんでよー!」
お嬢様は、ニッコリほほえんだ。
「お・わ・か・り?」
今日もノリノリだね、お嬢様は。
サバは指の爪を噛んだ。
「さ、先ほど王女様は、後ろでゴソゴソされてましたわね……」
「ええ、それが何か?」
「お父様に頼まれたのですね?」
「は?」
「ですから、持ってることにしてくれと……」
「無礼者!!」
お嬢様は扇子でビシッとサバを指した。
「そんな配慮が行われたことなど一度もないわ!」
「ヒィッ!」
「資格制度……いえ、国への侮辱よ!!」
震え上がるサバをよそに、私はお嬢様をなだめに掛かった。
「お嬢様。そろそろこの方々にはお帰り願いましょう。工場の仕事を行いますので」
「そうね、ガイ。――サーバ社長。申し出は一切不要! お引き取りを」
サバ一味は逃げるように出て行った。トッつぁん警部だけはサッと敬礼して去っていく。
彼らが消えたのち、工場は賞賛の嵐だった。
「なんで持ってたんですか、王女様ー!?」
「スゲー!」
「2級でもメチャクチャ難しいのに!」
一方、王女様は私の肩に縋っていた。
――ああ、よく頑張ったよ。
みんなを仕事へと促すさなか、お嬢様が呟いた。
「ブノワ老師がね……。この資格を持っておくと、将来黒キューブ絡みの《魔力視覚》も出来るからって……。魔力が少ないと思われてたあたしにも、魔法の仕事に携われるようにって……」
「はい」
「あたし、2次のみでも3回かかったわ……。トゥーサンさんもスゴいし、マケールさんはありえないほどスゴいのよ……」
彼らは当然1次試験からだ。資格を取ったからこそ、スゴさを実感しているのだろう。
「お嬢様」
「なあに?」
「つかぬことを伺いますが、なぜもっと早くおっしゃらなかったのです?」
「ええっと……」
途端にお嬢様の目が泳いだ。
「あたしね。ずっと、『マキトリ』で覚えてて、正式名称だとピンと来なかったのよ」
「ああ、それを後ろで確認しておられたのですね」
――自分の資格ぐらい覚えとけ!
しかし、これを持っていたことはグッジョブだ。




