120話目 戦場での重傷者はゼロ、死者もゼロ
相手の補助魔法さえ消えれば、精鋭部隊に憂いはない。多数のゴブリンを、怒濤の勢いで蹴散らしていった。
もちろんヤツらも、死に物狂いで襲ってくる。
「うおっ!?」
見ると、トッつぁん警部がゴブリンの体当たりを食らっていた。1匹倒した直後を狙われたらしい。
『ギギーッ!』
倒れたトッつぁんにゴブリンが剣を振るうが、そこに【魔弾】が炸裂してゴブリンは倒れる。
「ニュッホホ、あ~ぶないねぇ、トッつぁん」
「ぬぅ……、オジロンか」
すぐさま起き上がったトッつぁんは、オジさんを睨んだ。
「礼は言わぬぞ。ワシはすぐ返すからな」
「あ~らら、素直じゃないんだから~」
2人は仲良く敵に向かっていった。なんだかんだ言って、相性はいいらしい。
敵の本隊に肉薄した分、さらに【力場】の剥がされる回数が増えた。犬人派も激戦地で戦っているため、お嬢様の護衛は少ない。それでも容赦なくゴブリンは襲ってくる。
――私が止める!
指を外して、迫り来るゴブリンたちの後ろに投げる。
「リセット!」
指弾は確実にゴブリンの肉をえぐっていった。
ときおり視界のスミで魔法の光が輝くものの、すぐさま立ち消えになる。
――魔法は全部、お嬢様が消してくれているんだ。
その分、棒立ちとなっているが……それは信頼の証だ!
襲いかかるゴブリンの前に【力場】を展開し、ブツけさせることで時間を稼ぐ。壁が消えたら、すかさず指をブン投げて、リセット。腹の中に黒キューブを入れているからこそ出来る、魔力の椀飯振る舞いだ。
そのキューブ群も次々消費し、いよいよ自前の魔力を注ぎ込みだしたころ、ついに敵が退却を始めた。
「者ども、深追いするなー! 慎重に寄せろー!」
隊長の指示通り、精鋭部隊は、追うよりも被害を出さないよう心がけ、冷静にダメージを与えていった。
敗走した相手には、“プレゼント”として、いくつかの品をくっつけている。後にこれで【追跡】するらしい。
――巣穴の場所まで案内してもらい、一網打尽にするわけか。逃がすことまで戦略なんだな。
あとはひたすら、ゴブリンの死体から禍々しいオーラを放つ黒キューブを回収し、除去班のところへ持って行く。
――おっと、自分の腹の分も忘れずに出しておこう。このままだと腹黒いヤツになってしまう。
隊長が国王に敬礼した。
「陛下! 黒キューブ、まとめ終わりました!」
「ご苦労」
国王は、それを聞いてから、【無の領域】の範囲を縮小させた。
「引き続き、戦場の指揮を許す」
「はっ! ――者ども、ゴブリンの死体処理にかかれ!」
「ウスッ!」
――ああ、呪文の維持に集中してた国王は、命令を出せなかったんだな。
戦っていたときの興奮は、ゴブリンの死体が焼かれる様を見て、急速に落ち着いていった。
お嬢様を見ると、精鋭部隊や犬人派などの前衛から感謝されている。対するお嬢様は、慈愛にみちた表情だ。
「わたくしの方こそ、お礼を言わせて下さい。あなたたちが守ってくれたからこそ、安心して魔法を止めることに専念できましたわ。ありがとうございます」
ヨソ行きのコメントが上手になったね。――ん、走ってきたぞ?
「もう、ガイ……! ほんっとコワかったんだからね!? 壁のバリアーに血がビシャーッとか! グロいわ! グロすぎるわ!」
お前がそれを言うか。
「お嬢様? あなたはそんなゴブリンを、1日10体も食されてましたよね?」
「うっ……い、今はもう食べてないわよ? なんか、胃が小さくなったみたいだし」
ほー。スライムの対応力ってスゴいな。
お嬢様がもっと近寄ってささやいた。
「あと……あたしが絶対に攻撃されないよう、何度も張り直してくれたでしょ? しょっちゅうゴブリンがそれにブツかるから、イヤでも気付いたわ。怖かったけど……でも、嬉しかった」
「お褒めにあずかり、光栄です」
やっぱり人たらしである。
心配されていた味方の損害だが、魔法で治る程度のケガで全員済んでいた。もちろん、死者もゼロである。
「ふ~、良かった」
【無の領域】を変わってもらった国王は、軽く肩を回していた。
「全員無事だったことが、一番ウレシイよ」
処理班と精鋭部隊を残し、他の班はひとあし早く凱旋と相成った。
活躍を自慢する者、オレの方が活躍したという者、足手まといだったから次は鍛えて参加するという者……様々なフツーの人が、また日常に戻っていく。
「今日のあたし、スゴく役に立ってたって。えへへ……」
「ワン! 王女様、スゴいですワン!」
――調子に乗る者。おだてる者。ホメれば魔法なしでも空飛ぶんじゃないかな、うん。
そんな余裕も、城に入るまでだった。
そこには、町の中でゴブリンに襲撃されたマケール工場長が、大泣きするおカミさんを伴って収容されていた。