119話目 この城を守る。人々を守る。
出陣の日は、雪がチラついていた。
撃退軍の配置は、コルネリア・ドロテー班が最前線だった。国王も精鋭部隊もここにいて、ゴブリンのエリートどもをシャットアウトする。
左翼にブリジッタ・セレーネ班がいて、右翼に私とスラヴェナお嬢様の班がスタンバイ。ここから魔法の援護を飛ばしたり、前線からこぼれたゴブリンを抑える。
しんがりである城内には、マルヨレイン・ミーケ班がいて、ここで救護を行う。町中にゴブリンが雪崩れ込んできたさいの、最後の砦でもある。
「ガイ、縁起でもないこと言わないで。そのときって、あたしたち全滅じゃない」
「ほんの少し飛んでくることもありえますからね」
「――ああ、そうね」
お嬢様も思い出したらしい。北に兵を展開する前、町の人に見送られたことを。
おおむね好意的だったが、とある一角からは複雑な視線を送られた。
十数年前の大侵攻で、【飛行】してきたゴブリンに身内をやられた遺族だという。
補償金の話を断り、代わりに差し出された文書には、こうあった。
“このような世界です。覚悟はしております。ですから、どうか、私たちのような人間を増やさぬようお願いします。お金はその対策にあててください”
以来、大侵攻では、飛び出してくるゴブリンを率先して叩き落としている。その後の城下町での被害はゼロだ。
「あたしは、今まで守られてばかりだったわね。――いえ、今も、かしら」
お嬢様は自分の派閥を改めて見た。モーフィーたち犬人を筆頭に、ジェラールやオラースなど工場のエルフ、工房組のドワーフもいる。
「みんな、町を守るわ。力を貸して」
勢いよく返事が上がった。士気は十分である。
戦いは、静かに始まった。
ハーピーや竜人などの飛行部隊が、超高度からゴブリン目掛けてレンガを落下。イスマイル師匠お手製のそれは、衝撃を与えるとすぐ粉々になるという特別な処理が施されている。
すぐさま魔法によって、そのレンガ土がぬかるみに変わった。ゴブリンの進軍が大いに乱れたそのとき。
「放て!」
アルノルト衛兵隊長の号令一下、射撃呪文が雨あられとゴブリンに浴びせられた。敵からも魔法攻撃が来るが、【魔力の盾】をそのつど張り直す。
と、ゴブリンが【飛行】でやってきた。
すかさず年配のドワーフが手斧をブン投げる。
バッチーン!
見事ゴブリンに当たるや、電撃が発生。
「戻れ、雷神!」
黒焦げのゴブリンをよそに、斧はドワーフの手にガシィッと収まった。
ゴブリンどもは、射撃呪文の嵐を同朋の肉盾でしのぎつつ、じりじりと押し寄せてくる。
「頃合いか」
ダーヴィド国王が詠唱に入った。
「【無の領域】! 対象は、腐敗した黒キューブのみだ!」
黒キューブはゴブリンの栄養源らしい。これを食ったゴブリンは腹も減らず、強化もされるそうだ。
この影響を、吹き飛ばす。
戦場全体を覆うほどの莫大なエリアだ。いかに国王といえど、すぐガス欠になりそうだが、それを当の黒キューブで次々と補う。
接近戦が始まった。1対1なら圧倒的に精鋭部隊が強いが、敵は多い。コルネリア様やドロテーもガンガンやりあっている。
「! 来ます!」
あぶれたゴブリンが、こっちにも押し寄せて来た。お嬢様は【巨大な盾】に【魔力の盾】を張られている。さらに、私が【力場】の壁を展開したことで、3重の防御だ。
「王女様を守るワン!」
モーフィーがゴブリンを一刀のもとに斬り伏せた。道場組の犬人も鮮やかに斬っていく。
お嬢様は、敵のゴブリンが放ちそうな魔法の光を、片っ端から【中止呪文】でツブしていった。
こちらにも、たまに飛行ゴブリンがやってくるが。
「レオン、1時の方向よ」
「ああ」
観測手アンリと射撃手レオンのコンビが、次々と打ち落としていた。
【力場】を張ると目立つのだろう、何度もゴブリンから的にされて割られたが、そのたびに張り直す。
「前線に、援護頼む!!」
叫び声が聞こえた。
「ガイ、行くわよ!」
「分かりました! ――みなさん、押し上げましょう!」
前線はゴブリンの強化呪文に手こずっていたが、お嬢様がバシバシ【中止呪文】でツブしていくことで流れが変わった。むろん、今までも【中止呪文】の使い手はいたのだが、敵陣の光に真っ先に気付くのがお嬢様なのだ。おそらく、特訓の成果が出たのだろう。
時間にしたら、1秒に満たないかもしれない。しかし、効果は絶大だった。これにより、「すんでの所で【中止呪文】が間に合わなかった」ものが、「ことごとく間に合う」ようになったからだ。
結果、敵陣の魔法がすべて止まる。
変化は、精鋭部隊も敏感に嗅ぎとったらしい。
「敵の魔法が止まったぞ! ガンガン押し込め!」
「おー!!!」