118話目 ふたつの年末シンコー
キューブ生産に、エルフの工場は大忙しだった。
バイトは、午前の部に加えて、午後の部も用意。常時60人体制で回している。
人数を増やせばこなせる、クリスマスプレゼントだね。――ん?
「俺、田舎の弟たちにおみやげ買っていきたいけど、何がいいかなあ」
「カレーが持ち運べたら、断然それなんだけどな」
ふふっ、年末年始の里帰りか。――だが、私を見てもムダだぞ。レトルトカレーはまだハードルが高いんだ。
「ああ~!!」
出し抜けにスライムお嬢様が叫んだ。
「た、たたた、大変よ、ガイ!」
いや、スライムボディがわたわた波打ってるお嬢様ほどじゃないと思うぞ。
「お嬢様、いかがされました」
「だって……エルフの国から来てる出稼ぎの人たちって、年末は帰るのよ!? キューブの生産が間に合わなくなるわ!」
「あー、それは大変ですね」
「悠長なこと言って! ――って、あれ? もしかして?」
「はい。対策は万全です」
というか、このタイミングで根回しするようでは手遅れだろう。
ちょうど年末年始は、犬人派のセレブ向けエアロビがお休みというので、道場の方々に声を掛けておいた。
もちろん、モーフィーにも話を通している。
「ワン! 道場の皆さん、拙者からも伏してお願いするですワン!」
「是非もなし。主を全力でお支えいたします」
話が早くて助かるね。
さらに、とある猫人にも助っ人を頼んでいる。
「ニャ? お母様のお店にキューブをやるニャ? 冬休みの間だけ、ミーもやるニャ!」
「えらいザマス! 社会勉強ザマス!」
子供を働かせるのはどうかと思ったが……、社会勉強か。いいワードだ。
大人に比べて魔力が少ないらしいが、短期間で交代させるし、何より、それほど働かせようとは思っていない。
重要なのは、「ミーケもいる」という事なのだ。これにより、猫人派が確実に動いてくれる。
セーフティは二重三重だ。ぬかりない。
「あと、お嬢様。ちなみにですが……言いましたよ?」
「え?」
「ほうれんそうは大事なので、言いました」
「本当に? ――って、ガイの顔、マジね。あっちゃ~……これ、マジで言ってるわね」
表情筋のない相手の顔、よく読めるよな。まあ、忘れていいとも言ったがね。
「あたし、てっきりこれが、サーバ社長の仕掛けた作戦かと思っちゃったわ」
「なるほど」
たしかに、実家へ帰る人たちが多くなるから、年末進行のシフトになると、働く人数は激減する。対策なしだったら詰んだだろう。
「んだども、王女様? 役職持ちはみんなイェーディルに住んでるだべよ」
「そうよねぇ、オラースさん」
彼の言うとおり、機械を扱う人たちは、みんな王都が住処だ。キューブへの魔力込めに従事する人がごっそりと帰るものの、事前に代理を立てておけば問題ない。
――いや、待てよ?
「単純過ぎて、忘れていました」
昼休み。
「この中で、大侵攻の撃退に志願されている方は、挙手をお願いします」
私、お嬢様、レオン、ジェラール、他に数人若いエルフが手を挙げた。――おっと、アンリにオジさん、オラースも手を挙げてる……って、テオ君!?
「テオはお留守番です!」
「あ、こらこら……すみません」
お父さんが恐縮していた。あー、ビックリした。
私はぐるりと見回した。
「言うまでもないですが……。皆さん、くれぐれも命を大事に。決して深追いをしないで下さい。『まだいける』は、『もうヤバい』ですからね。命あっての物種です。みんな、工場にとって大事な人たちです。私のようにならないで下さい」
――あれ、シ~ンとしてしまった。少し言い過ぎたか。
「アホやな、アンちゃん! そこはシンプルに、『死ぬなや』でえーねん!」
ピルヨが手ではたくと、ようやく笑いが起きる。
「つーかな? アンちゃんみたいになるな言うても、生きてるンか死んでるンか分かりづらいわ!」
「生きていてください」
「うわ、骨が喋った!」
フザけんな、鳥。しかしありがとう。
アンリが皮肉っぽく笑う。
「清掃班のアタシは、替えが利きそうね」
「ガハハ! それを言ったら料理もそうさ! 作るだけなら誰でも作れるからね!」
「いえいえ、そんな事はありません」
私は強く否定した。
「食事も工場の清潔さも大切ですよ? 何せ、セレーナ様が大変満足されていたからこそ、国王陛下はお嬢様をこちらに勧めたのですからね。――いえ、それが無くとも、ここで働く人たちのやる気は、間違いなく食事と清掃の両班が担っております。オマケなどとは、とんでもない。大事な要です」
「ひょっひょっひょ……良いこと言ったよ、あんた。ババがあと50年若けりゃ、相手に選んだかもね」
ジジババって平気でこういうコト言うよな。
私は、笑いが起きたなか、頭蓋骨をなでていた。
エルフも犬人も、なるべくお嬢様と同じ場所に配備してもらうよう国王にお願いした。
「うん、大丈夫だよ。派閥はわりとまとめてるからね」
「ありがとうございます」
いよいよ――ゴブリンの大侵攻である。