117話目 隠れたサバは時間泥棒
価格を決める入札といえば、ゴブリン大侵攻が分かってスグに、臨時の公共入札が行われていた。
イェーディル国が、黒と白のキューブの大量発注をしたのである。
「お嬢様。たしか黒キューブは、全色の魔力がそのまま出せるんでしたね」
「そうよ、ガイ。だけど、白キューブで後処理をしないと、徐々にその地域が汚染されちゃうの」
だからこそ、キューブ生産は管理されてるのだとか。
エルフの工場では、本社と話し合って入札額を決めた。その結果。
「うちが取りました~」
マケール工場長のほんわかガッツポーズに、モブエルフも一斉に拳を突き上げた。――ノリいいよな、この工場。
しかし、貴族のジェラールは浮かない顔をしていた。
「取れたのは喜ばしいが、たしか年始の祝賀パーティー用キューブも我らの所で押さえただろう? マルヨレイン王妃の店関連といい、工場で回せるのかね、マケール氏よ?」
「バイトを雇いますよ」
――おお、マケールさんの口から雇う話が出るとは。人間、変われば変わるものだ。
「あとは、どうしようもなければ、別のキューブ会社に発注しましょうね」
下請け、孫請け……。この世界、公正取引委員会ってないんだよな。いや、フェアーな依頼をするんだが。
「ねえねえ、ガイ。そういえば、魚人の会社が休戦するって言ってきたのは意外だったわね」
「たしかにそうですね」
お嬢様の疑問はもっともだった。大侵攻にかこつけて、談合を持ちかけたり様々な妨害工作をしてくるかと思ったら、突如メガネのサバがやって来て、「ピンチの時にいがみ合うのはダメですわね。協力しましょう」と、一時休戦を持ちかけてきたのだ。
「拒否する理由もないので受けましたが……、あからさまに怪しいです」
「ね~」
順調にいきすぎると、かえって不安になる……か。
ふとミシェルさんの方を見ると、机ですやすや眠っていた。
イスマイル師匠は、今日もコタツに入りながらレンガを作っていた。
お店は、床と骨組みが出来ている。レンガの外壁をコツコツ積んでいる所だ。
「師匠、本日も精が出ますね」
「いやあ、そんな偉い者じゃないですよ」
「またまた、ご謙遜を。魔法も教わりましたし、私にとっては間違いなく師匠です」
「はは……なんかコソばゆいですね」
頭を掻きつつもレンガ作りは淀みない。コタツの脇に、次々とレンガが出来ていく。
「師匠。今日は作業されている人数が少ないですね」
「ええ、実は予定より、レンガの量が揃っていなくて」
「国に依頼された分ですね」
「はい」
イスマイルさんはサクサク作っていた。おそらく、1人が作れる最高速度だろう。
「師匠。これは素人考えなのですが、他の方は作れないのですか?」
「夜にみんなで話し合ったんです。そしたら、もう1件の現場に手伝いに行って、そっちを早く終わらせようとなりまして。1つになれば集中出来ますし、みんな総出でレンガが積めますので」
「なるほど」
「今は、ボクがレンガを作って、溜めてる状態です」
「素晴らしいですね」
「ガイさんのおかげですよ。何せ、窓と外は1日半で終わりましたし、みんなで手伝えば驚くほど早く仕上がるんだねえって、ワイワイ言ってましたから」
――なに?
「師匠、詳しく聞かせてください」
私はもう1つの現場に行った。目当ての熊は、ちょうど休んでいる。
「熊さん、いま大丈夫ですか」
「へぇ」
「イスマイル師匠から話は聞きましたよ? なんでも、正確には半日作業の所を、1日扱いしていたとか」
「ギクッ」
熊はメチャクチャ焦っていた。
「い、いや、でも旦那ぁ」
「熊さん。管理者がサバを読んではいけませんね。きちんとギリギリの日程にしないと、溶けますよ?」
「あ、あうぅ……」
「大丈夫。不測の事態に対する余裕は後ろにまとめてありますから」
だから吐け、吐くんだ。
そして、真の日程が出た。
床組 3日
1、2階の軸組 3日
窓、外回り 2日→1日半
外部 9日→8日
内部 3日
検査 1日→半日
完成 合計21日→19日
「熊さん……実は床組や軸組も、2日半ぐらいで出来たんじゃないですか?」
「い、いいや! そいつぁ無理でさぁ」
大慌てで手を振る熊さん。よーし、一応信じよう。
「でも旦那? 今年はゴブリン大侵攻もありまさぁ。雪も来そうでさぁ。ちょいとばかり、まかりませんかねぇ」
ほほぉ。
「熊さん。2日短縮出来たので、余裕を1日増やします」
「え?」
「11日分ですね。さて、ゴブリン大侵攻で何日遅れますか?」
「と、当日と、前後1日ずつでさぁ。あるいは、戦いが長引いたらもっと……」
「今までの大侵攻は、何日掛かっていましたか」
「い……1日でさぁ」
「では、前後1日ずつを含めて、3日ですね。不測の事態用の余裕は、あと8日です」
「――へぇ」
勝負あり、だな。
「で、ですが旦那。大侵攻にはあっしらも志願するんでさぁ。今までは戦闘の死者が出てねえですが、万一ってのはありまさぁ」
――熊さんや、建てるのは家だけにしてくれ。フラグを立てるんじゃない。