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113話目 不安――またの名は「ラスボス」

「余裕を細かく分けてはダメです」


 私は強く否定した。


「全体をキチンと監督できる人……この場合は熊さんですね、彼に全てを握ってもらいます」

「なんか……財布を握ってる、うちのカアちゃんみてえだな」


 虎人の言葉に、作業員たちは笑った。――なるほど、たしかにその方が分かりやすいか。


「そうですね。奥様がおられる方は、より意識しやすいかもしれません。家計全体を把握している人が財布を持つことで、お金の使い所を見極められますからね。それと同様に、工程全部を把握している熊さんが余裕を管理すれば、効率は劇的に改善するのです」

「おいおい、本当か?」

「ええ。と言いますのも、スケジュールというのは、早く終わったことはなかなか後に伝わらないのに、遅くまで掛かったことは全部伝わるためです」


 私は、はじめの紙に書いた「床組 6日」の箇所を指差した。


「これが、3日早く終わったとします。そのとき、どんな気持ちですか? 『いやー、良かった良かった。少し余裕ができたぞ。次の工程に行くけど、ちょっぴりスピードを緩めても大丈夫かな。ごほうびだ』……はい、『8月31日症候群』です」


 周りを見ると、「ああー、俺だ」「オレオレ」などと、頷く作業員たちがそれなりにいた。


「あるいは、こんな気持ちでしょうか? 『余裕があったら、もう少し凝ったデザイン、凝った仕事もOKだね。よし、腕が鳴るなあ』……こちらは、『ベスト追求症候群』です」


 再び周りを見ると、イスマイルさんを筆頭に、これまたそれなりの数が当てはまるようだった。


「さて、先ほど、すべてうまく回ったときの工程表を組んでもらいましたよね? それを見ますと、『床組 3日』です。――つまり、差分の3日は、不測の事態のために入れていたものなのです。予定通り・・・・進んだときに、勝手に・・・使うためのモノではありません」


 ここは極めて大事なところだ。

 虎人を見ると、ツバを飲み込んでいた。


「ってことは……」

「はい。使い方が、当初の想定と・・・・・・異なって・・・・ます・・。このように、それぞれで余裕を持つと、炎天下の氷のごとく、あっというまに溶けてしまうんです」


 用途が違うのに、まったく意識しないままに浪費を重ねる。

 これが怖いのだ。


「2枚の工程表を見比べると分かりますが、この『床組 6日』という数字は、正確に記すと、『床組 3日』『不測の事態用 3日』ですね」

「ああ」

「それなのに、サバ読み症候群は、工程を組むときこそ不安に駆られて日数の余裕を取りますが、いざスケジュールをこなしていく段には、不安のことなどスッカリ忘れて、『お、3日も早く終わった』と、ニセの楽観に取り憑かれてしまうのです」


 ――ん? 熊さんがガクガク震えてる。


「あ、あぁぁああ……」


 ああ、トカゲ先生との攻防で、余裕を確保しようと躍起になってたんだな。

 時間を食う人がいると、管理側はついつい心配になって、サバを読んでしまうんだ。――それこそがラスボスとも知らずに。


「熊さん。あなたは責任感がとても強いのだと思います。それで、なんとか納期を守ろうとして余裕を確保するも、いつも守れていなかった……違いますか?」

「へぇ。――骨の旦那、見てました?」


 だいたい分かるよ。


「熊さん。あなたが行うのは、余裕を与えることではなく、コミュニケーションを密にとることです。それぞれの工程はタイトに進めて下さい。その権利があなたにはあります。ただし、遅れた責任も負うことになります。余裕を1つにまとめましたからね」

「へ、へぇ……ですがね、旦那。冬はゴブリンの大侵攻とかも起きる季節でさぁ。大雪も降るかもしれねえし、せめて、余裕をまとめるってンなら、20日に……」

「熊さん」


 私は弱気な熊の両肩を叩いた。


「不測の事態にだけ使う10日ですよ? 店を建てるスケジュールは、全て見えてます・・・・・

「あっ……」


 先ほどみんなで話し合ったからな。ギリギリ可能な日程を。


「もし、足らないのであれば……再び話し合い、アイデアを出しましょう」


 戸惑っているが、なに、自然と尻に火が付くさ。

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