111話目 山の神は究極兵器、骨は最終兵器
「うむ、【幻覚】でもないし、イスマイル氏本人だな」
トッつぁん警部らの呪文による本人確認が行われ、トカゲの建築家だと晴れて証明できた。
「では、彼が現場監督ということで、ワシらは了解した。ただし! どこかヨソに行ったら、すぐまたカッ飛んで来るからな!?」
私を睨んで去っていく警部たち。あー、これはイスマイルが離れた瞬間に来そうだな。
当のトカゲ先生は、すぐにブルブルと震えだす。
「ボクは冷え性なんで……やっぱり、ストーブの近くがいいなぁ……」
暑さに強い爬虫人だが、寒いと眠くなるらしい。――寝たら死ぬぞ、スケジュールが。
熊人の作業員が頭を掻いた。
「みんな、やる作業は分かってまさぁ。あとは、居てくれるだけでいいんですがねぇ」
よし、ならばうってつけのアイテムを持ってくるとしよう。
本来は、私が使うつもりだったがね。
「ガイだわさ~! またヘンな注文をするだわさ?」
「いいえ、こないだ依頼した家具を引き取りに来ました」
その途端、ロザンネはポカポカ叩いた。
「う~! ガイは裏切り者だわさ~! あんな使えるモノを作ってどうする気だわさ? もっとウチのやる気を起こさせるような、ステキな依頼を持ってくるだわさ~!」
おいおい……。「あるてぃすと」ってのは、どうしてこう残念な輩が多いんだ?
私は工房の奥へ行った。
「出来てますか?」
「ああ、ワシの傑作じゃ」
ドワーフの匠は、後ろの壁に立てかけてあった、正方形のテーブルを親指で示した。
「注文どおり、胡坐かいて利用できる高さだぜ、ニイちゃん」
「ありがとうございます、“山の神”」
「よせやい」
匠は豪快に笑った。
ドワーフの職人は、だいたい通り名を持つそうだ。パンチが弱い名前のドワーフが最初にキャッチフレーズとして渾名をつけたらしい。ペンネームやハンドルネームのようなものか。
ちなみに、“山の神”は本名をティホという。全世界のティホさんには悪いが、たしかに“山の神”のほうがインパクトはある。
「ニイちゃん。横のスイッチで、真ん中に付けたヒーターがオンになるぜ。つまみをスライドさせることで熱さの強弱も可能だ」
完璧だ。
「毛布を掛けても大丈夫ですか?」
「くっつけなきゃ燃えねえよ」
「さすが匠です」
私は早速、究極兵器を運んだ。
「イスマイルさん。お加減はどうですか?」
「これはいいね~……ぬくぽかだよ」
トカゲは究極兵器「コタツ」の前に、あっさり陥落した。
「下には絨毯も敷いたし、万全だね~」
「良かったです」
これで、もはや向こうの現場どころか、出ようとすらしないだろう。
「あのお、イスマイルの旦那」
「なんだい、熊さん」
「早いトコ、店のコンセプトを決めてほしいんでさぁ。じきに土台は固まりますんで」
「ん~……6つまでは絞ったんだよ。え~っと……」
イスマイルはスケッチブックをパラパラとめくった。
「マルヨレイン様の意見も聞いてみたらさあ、このうちのどれでもいいって言ってくれて」
たしかに、どれがなっても良さそうなデザインだ。
「イスマイルさん。では選んでください」
「いやあ……こういうのって、神様がふわって教えてくれるって言うのかな、下りてくる瞬間があるんだよ。それを待つといいの」
待てねえよ。
私は、コタツにエネルギーを注いでいた赤キューブを外した。
「ああっ、ガイさん、何するんです」
「神様の声を聞きます」
腹からペンを出して、キューブに数字を書く。
「人類が発明した、偉大な確率分散器です」
コタツの上でコロッと振った。出た目は3。
「いい出目ですね」
サッと、スケッチブックの3枚目を開く。
「ふむふむ。焼き窯の半円状ドームに、ピザの看板。1時半から3時までの所が1切れ浮いてるようなデザインですか」
「ええ~? たしかにいいけど、でも、こっちも~……」
「イスマイルさん。迷っているうちに、一生は終わります」
「だけど……」
「私が振りましたが、そこに意志はありません。神がこの数字を出しました」
ちなみにサイコロは、「骰子」とも書く。骰は「投げる骨」を意味し、かつては実際に動物の骨が使われていたそうな。英語で「bones」は、サイコロの俗語でもある。
「サイは投げられましたよ? あとは、これをベースに進めましょう」
イスマイルは、「8月31日症候群」の亜種、「ベスト追求症候群」だった。
決して遊んでいるワケではなく、むしろ、時間いっぱいまで本気で悩みぬく。職人のこだわりといえば素晴らしいが、反面、恐ろしい時間泥棒ともいえる。
ダークエルフのベルトラン爺さんもその気があったが、工場全体を1つのチームとして意識させたことと、あくまで要のときだけ改善を促したことにより、低い歩止まりでも受け入れてくれた。
――彼のような人は、次々とルビコン川を渡る仕組みが必要だな。
私は熊さんに聞いてみた。
「この現場のスケジュールはどちらに?」
「へぇ、俺が管理してまさぁ」
――ふむ。では熊さん、あんたが時の番人だ。