110話目 警察きますけど、「8月31日症候群」はヨユーでした。
私が2号店の建設予定地に行くと、そこには現場作業員の他に、イェーディル警察が数人来ていた。
中でも、眉の太くアゴの割れた魚人が、作業員たちをジロリと睨む。
「ワシの目が光っとる所で、資格もないのに作業はさせられんぞ」
現場には竜人やドワーフなど体格のいい男達がそろっているが、警察側も決して引けをとらない。
私は作業員に聞いた。
「マルヨレイン様から、進捗スピードを上げるよう頼まれたのですが……それ以前の話みたいですね」
「ああー、骨の旦那。へぇ、このおトッつぁんがウルさくて、ムリでさぁ」
それに魚人が噛み付いた。
「何を抜かすか! 作業には魔道建築士の資格が必要だろう! 1級も2級も、おらんではないか!」
「だからサツの旦那、イスマイルさん達は、ちょっと向こうで建物の外観を練ってるだけでさぁ」
「この場におらんのに、なーにが監督か! ダメだダメだ。作業再開は断じてならんぞ」
別の作業員に聞いた。
「法律はどうなってるんですか?」
「そりゃまあ、現場監督は資格持ちが必要ですよ? ですけど、5分もしない場所で作業やってんですから……」
「待てぇい! ワシに言わせれば、何かあったときに5分は離れすぎだ! 魔法の事故や作業中の事故、それらをきちんと監督する人間! そのための資格だろうが!」
「俺たちも分かってまさぁ、だからトッつぁん……」
「分かっておるなら資格を取れ! 取ったなら、大人しく退いてやる」
うーむ、言い方は高圧的だが、向こうの言い分も理屈は分かる。
誰も彼もが「大丈夫」で済むなら、資格認定など必要ないからだ。
しかし、参った。これでは建物が完成しない。
「警察の方、少しよろしいですか」
「む? お前はスラヴェナ王女様のお付きとかいう、ガイギャックスだったな」
「はい。あなたは?」
「ワシは、トランクウィッロ警部だ!」
トラ……なんだって?
いいや、トッつぁんで。
「お主とスラヴェナ王女様の悪しきウワサは、よ~く耳ヒレに届いておるぞ? エルフの工場で社会勉強という触れ込みだが、犯罪者とつるんで何をやっているのやら」
「――犯罪者? 誰がです?」
「オジロンの奴だ! 奴は爬虫人の国で盗みを働いてな、それで右手を落とされたのだ」
うわあ、どうも警部から睨まれるぞと思ったら、そういう事か。
「ワシの目が光っとるのに、勝手はさせんからな?」
作業員にこっそり尋ねる。
「もしかして、警部が来てるのって、ここの現場だけですか?」
「そういやそうでさぁ。いっぺん見に来て『責任者がおらんぞ』ってなって、サツの旦那が頻繁にいらしてるんでさぁ」
うわあ……これは、オジさんからお嬢様&私へと勝手にラインが引かれて、マルちゃんまで伸びた可能性があるぞ?
「デザイン建築家の方は、今どちらに?」
「あー、それなら」
すぐにもうひとつの現場へ向かった。
そちらの作業は順調のようで、現場監督らしき人物が指揮している。
「失礼。イスマイルさんはどちらにおられますか?」
「彼なら、温かい物の近くですよ」
すぐに分かった。近くの屋外ストーブで、1人の爬虫人が両手をかざしている。
「うぅ~ん、丸い食べ物だから、丸い屋根もいいよねえ……」
「イスマイルさんですか?」
「でも、温かい食べ物だし、それも感じさせるのが……」
「イスマイルさん」
ずいっと、ストーブとの間に割って入ると、彼も気付いたらしい。ニッコリほほ笑んだ。
「ああ、ど~もど~も。え~っと……」
「ガイです。もうひとつの現場の施主、マルヨレイン様から頼まれてやってきました」
「そうなんですか? ああ、それはご丁寧に」
椅子に座ったまま、深く頭を下げる。にこやかな笑みを絶やさない。いいスマイルのイスマイルだな。
「今はこっちにいますけど、安心して下さい。ちゃんとデザインを考えてますんで」
「すみませんが、向こうの作業員たちが工事に着手できません。どなたか資格を持っておられる方が現場にいらして下さい」
「え~っと……ああ、みんな忙しいか……んじゃあ……」
手が空いてるのはあんただよ。
「ま、期日までは時間がありますし、のんびりやりましょう」
おいコラ。
「イスマイルさん。いらして下さい」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですって。年末までに終わればいいってことは、来年3月までと同義ですから」
ねえよ。
「イスマイルさん。――信用は命より重いですよ」
「ガイさん……怖いです」
おう、さっき聞いた台詞ってこうやって使うんだな。覚えたぞ。
「ま、まあまあ……ボクは昔っから、切羽詰まるとやる気になるタイプなもんで」
ほぉ。トカゲが今面白いことを言った。
この世界にも夏休みはあって、学生には宿題があるらしい。
で、ご多分に漏れず、夏の終わりまで遊び呆ける奴もいるそうな。
8月30日のあとは祝日の秋分の日があるため、それを「8月31日」と称すのだとか。
「イスマイルさん。8月って何日まであります?」
「――38日?」
私は速やかに、トカゲをマルちゃんの現場へとしょっぴいた。




