11話目 軽い存在
おい、カラス! どこかへ行け!
祈るような気持ちだったが、カラスは無情にも「カァー!」と鳴く。
「ん~? そこかのぉ~?」
爺が壺をグラリと傾けた。危ない!
「いや~、おらんぞ~?」
「カァー!」
「ほっほほ~! 覗いてみたがおらんわい~!」
のぉ~、ほ~れと、壺を軽々持ち上げる。
「なんせ、ワシの目は【魔力視覚】が入っとるからの~。どんな擬態をしようが、見えさえすれば逃さんワ~イ!」
「カァー、カァー!」
「ふぉっふぉふぉ~! ん~、部屋におるんじゃな~? むふ~、ネズミか~? ゴキブリか~? 安心せ~い、今、【毒霧】を焚いてやるからの~ぉ。ほ~れ~!」
爺が叫んだ瞬間、匂いが変わった。ピリつくような刺激臭。
「ふぉふぉふぉ~、一息吸えばカラダが痺れ、二息吸えばたちまちあの世行きじゃ~!」
――この爺、なんて呪文を使いやがる。
「カァー、カァー!」
「うんうん~。カーマインには、耐性をつけとるからのぉ~? そーでない奴はイチコロじゃ~」
「カァー!」
「おぉ~、ワシが上機嫌が理由か? ふぉっふぉふぉ~! 近々、巨大なスライムの検体が入るからじゃよ~! どっかの貴族とかいう触れ込みじゃがの~。な~に、ワシにとってはデカさが大事じゃ~!!」
――その検体、心当たりがメチャクチャある。
「そもそも、スライムというのはのぉ~。よく反応してくれて、実験には持ってこいなんじゃが、いかんせん、弱い個体が多くての~ぉ! 今度のは、相当デカいらし~から、ウデによりをかけて、イ~ッパイ試したいんじゃ~! 複合毒の検査ができるぞ~?」
「カァー、カァー!」
「おお、そうか、うん~! カーマインも嬉しいか、のぉ~?」
そのとき、遠くで「イ゛ェアアアア!」という呻き声が聞こえた。
「お~っと、イカンイカ~ン。薬物実験の途中でのぉ、薬を投与しっぱなしじゃった♪」
「カァー!」
どうせロクでもないことだろう。
「お~、そうじゃ。カーマインも見に来るか? もうじき、楽しい痙攣が見られるぞ?」
「カァー!」
「そうかそうか。ではおいで~」
爺は扉を開けた。
「しっかしのぉ~。この壁も、【石柱】で開けたはいいが、色々入って来とるからのぉ~。そろそろ塞ぐか」
「カァー」
「ほっほほ~。今度からは、お外でお遊び♪」
バタン!
扉が閉まり、爺の足音が遠ざかっていく。戻ってくる気配はなさそうだ。
「――ふぅ」
私は、厚手の黒い布を取り払い、自分の骨をポイポイと壺の外に出していった。
薄暗い中、ロクに壺を覗き込まれなかったのが幸いした。持ち上げられたときは肝を冷やしたが、元々が重い壺である。3kg程度では気付かなかったらしい。
「それにしても」
【魔力視覚】に、【毒霧】だと……?
最初は、カラスの集めたドクロに紛れようかとも思ったが、見られていたら危なかったワケか。
また、呼吸をする生物でも、生きてはいなかった。
体重も軽ければ、呼吸もしない、軽い存在。
くそっ。
「バケモノめ」
リセットして体を再構築すると、すぐに穴から出て飛び降りた。
「あ、良かった~」
落ちた際に再びバラバラになった私は、スライムのお嬢様を見上げた。
「なんか、上の方で変なお爺さんが叫んでたでしょ? すっごく不安だったのよ」
「それはそれは。ご心配をお掛けしました」
チラリと、先ほど落とされた人を見た。
見事に、私と同じ白骨死体になっている。
「食事が、ノドを通るぐらいの『不安』ですか?」
「いや……だって、まだお腹空いてたし……」
空いてたのかよ。さっき6匹食ったよな、おデブ。
私の存在は、やはり軽いらしい。




