108話目 金の高さより徳の高さ
翌日、私が1人でマルちゃんのお店に向かっていると、メガネを掛けた痩せぎすの魚人に話しかけられた。
「もし。ガイギャックスさんですか?」
「そうですが……あなたは?」
「失礼いたしましたわ。わたくしはサーバ。エネルギーキューブの生産会社、『出目ピン』で、イェーディル支社長をやらせてもらってます」
よく見ると、相手にはSPがついている。
ふむ、デメキン会社のサバ社長か。指にもたくさん宝石を塡めてるし、光り物が好きと見える。
「ガイギャックスさん、あなたはルカヌカ商事の方で大いにご活躍なさっているとか」
「ありがとうございます」
「しかし、ガイさん。あなたほどの逸材には、正直窮屈じゃございませんこと?」
「どういう事でしょう」
「我が社にお越しいただければ、今の額の倍をお出しします」
ヘッドハンティングか。
「残念ながら、お断りいたします」
「なぜかしら? 良い条件かと思ったけど」
「私はあくまでもお嬢様のお付きですので、お嬢様と反目している会社につくことは叶いません」
「なるほど、たしかにね」
サバはもっともらしく頷いた。
「じゃあ、王女様もこちらで働いてみては?」
「ありがたい申し出ですが、一度受けた条件を勝手に変更するのは信用に関わりますゆえ」
「あぁ……信用。命よりも重いわよね」
さらりと物騒だな。
「では、ガイさん。あなた、最近お疲れではございませんこと?」
「は……あ?」
今度はなんだ。温泉旅行でも渡してきて、引き剥がすツモリか。
「サーバ社長。私は、人のために動けることが嬉しいのですよ。少々の疲れは、生きている証拠です」
ナイス、骨ジョーク。
「あら……、やっぱりお疲れなのね」
不発、骨ジョーク。
「なら、ガイさんはもう、いいアイデアが出なくてもしょうがないわね」
「――はい?」
首をひねる私に、サバは笑みを浮かべてメガネをかけ直した。
「あなたの『お疲れ様料』として、いま受け取っているお金と同額を渡します。これで、じっくりお休み下さい」
ほほお、動いて金をもらうのは分かるが、止まったままで金をもらう注文は初めてだよ。
「過分な評価、見に余る光栄です」
「では……」
「その件についてはお礼を述べさせていただきますが、何もせずお金をいただくのは抵抗がございますのでね。お引き取りください」
訳:動くな。
訳:やなこった。
サバのメガネがギラリと光った。
「ゆっくりお休み下さいとお願いしたのですが……あなたのお体を思えばこそですよ?」
「私のことはお気遣いなく。それよりも、そちらの会社の従業員さんをお休みさせて下さい。何時間動いてらっしゃるんです?」
サバはコロコロと笑った。
「働きすぎの骨さんは、骨休めをした方が良いですよ?」
「おや、骨を埋める覚悟はありますが、さすがに今すぐ埋まりたくはないですね」
「まあ、冗談がお上手だこと」
嘘つけ。目が笑ってないぞ。
「ガイさん。お休みしたくなったら、いつでもお声をかけて下さいな」
「ありがとうございます」
知性はあっても品性はないな。
私はマルちゃんの店へと足早に立ち去った。