107話目 ゴリ押しにはパワープレイ
お嬢様は、エルフの工場には年内いっぱい通うスケジュールだった。
おいおい……、それで工場が閉鎖したら、本当にお嬢様が厄病神扱いされてたな。
「大丈夫よ。ガイのおかげで、上手いこと回ってるじゃない」
「しかし、セレーナ様の『ご忠告』は気になりますね」
何を仕掛けてくるのやら。
「はいはーい、みんな。このビラ見た~?」
翌日、オジさんが、紙をヒラヒラして工場にやってきた。
「魚人の会社、『出目ピン』ちゃんが、出血大サービスのキャンペーンだって~。いや~、オジさん参っちゃった。この価格には勝てないね~」
私も見ると、エルフの工場では赤字になるほどだ。
ダンピングの弊害については、陛下もよくご存知だった。一番強い所が駆逐したのち、そこが価格を決めてしまえるためである。
ただし、イェーディルの場合、規制は原価割れまでだ。それより上回っていたら、それは「企業努力」という美談に変わる。
「向こうはどうやって採算を?」
「そりゃ~ガイ君。最新の機械と、全色が使える人材を、多数確保してるのよ~」
マケールさんも会話に加わった。
「あとは、『出目ピン』の工場は都市部の外にありますので、9時から17時までの制限に関係なく作れます」
何時間労働なんだろうねえ、向こうの奴ら。死んだ魚の目になってないか?
「という訳で、オジさんが思うに、当分ウチでは紫を作った方がいいみたいよ~?」
だろうな。あれはお城が買い上げだから、最低限のお金は稼げる。
「ときにガイ君? ちょっとお話を」
はいはい、またオジさんからお呼ばれだよ。
「ガイ君、コンサル料を支払うからさ~。打開策をお願いしたいのよ~」
結構な額を提示された。
「ケチらないんですね」
「『人に喜ばれる会社になるには、まず自分たちが楽しくあるべき』ってのが、工場長のモットーでね~。人にお金を出し惜しみしちゃダメよ」
工場長、良いこと言ったな。今言ったのオジさんだけど。
「あとね~、キミの改革案は、やっぱりスゴい価値があると思うのよ」
ふむ。わざわざ呼び出して期待するからには、即効性をご所望か。
「スマートさには欠けますが、よろしいですか?」
「いいよ、いいよ。使えるものはなんでも使えだから」
そうなのか。
では、向かうとするかね。
「ガイちゃん、ようこそザマス」
「マルヨレイン様も、お元気そうで何よりです」
私はマルちゃんのお店で、とあるプロジェクトを進めていた。
といっても、大した事ではない。マルちゃんが新規出店をするというので、更に目玉商品は出来ないかと、いろいろ試作してもらっていたのだ。
「ガイちゃんに教わったアレ、ついに出来たザマスよ?」
「おお、では早速試食しましょう」
料理長に運んできてもらった円形の食品。小麦粉にイースト菌も使うが、パンではない。
あっつあつの生地の上に乗っているのは、トマト、チーズ、サラミといったトッピングだ。
そう……ピザである。
トマトは最近発見された食材だと言うので、いずれ誰かがこの組み合わせに気付いただろう。なので、これは早く押さえたかった。
一口パクリ。
「うまい!」
私は太鼓判を押した。
「カレーに引き続き、ピザでも世界を取れますよ!」
「良かったザマス。ガイちゃんったら、食べ物には一切妥協を許さないザマスものね」
体の半分はピザで出来ていた私が、このイタリアンの味付けを「まあまあ」で我慢したりはしないのだよ。
「それにしてもザマスよ? カレー用の火力に、新規出店用に、ピザ窯用にと、キューブが山ほど必要になったザマス。高騰するかもザマス」
ふふふ……、マルちゃんめ、知ってるくせにトボけるね。
「マルヨレイン様。魚人の会社がキャンペーンをやっているそうなので、大半の顧客はそちらから買うでしょう」
「おや、ガイちゃん、アタクシのお店も向こうから買いたいザマスよ?」
「その場合、更なる料理はお預け、ということになりますね」
程よい駆け引きは心地よい。
「キャンペーンは期間限定です。対して、料理のレシピによる優位は、ことによったら永遠かもしれません」
「分かっているザマス。スラヴェナ王女のいるエルフ工場から買うことで、王女のお手柄にもなるザマスからね」
まあ、こんな些細なことで関係を壊さんよな。
「それに、アタクシたちにも十分恩恵はあるザマス。キューブの値段が高騰する所を、お値段据え置きでいいんザマスからね」
「おっしゃる通りです」
向こうが値引きで仕掛けるなら、こちらは需要を大幅に増やして、供給を追いつかなくさせればいい。なおかつ、こちらだけが持っている料理の情報をチラつかせて、マルちゃん関連の需要を押さえる。強く来られたら強く返すのがセオリーだ。
『出目ピンのキャンペーン、終わっちゃったねー』
『まぁ、そんな続かないよねー』
魚人の会社は、エルフ工場が干上がらないと見るや、すぐにキャンペーンをやめた。
もっと価値のあるものを持っている相手には、価格攻勢は効かないということだな。