106話目 縁は異なものアジなもの
人を育てるなら、魚を渡すのではなく、釣り竿を渡せ――。
見事エルフの会社を立て直したことで、さまざまなメリットが表れてきた。
今も、目つきのシャープなダークエルフの事務方に呼び止められている。
「ガイ殿よ、少し時間をよろしいか」
「これは、ピエールさん」
私は会釈した。
「如何なる御用でしょう?」
「ああ、その……妹の工場を閉鎖から救ってくれたこと、礼を言う」
ピエールは頭を下げた。
「すでに家族はミシェルだけでな。閉鎖が決まったときは、妹とともに胸を痛めたよ。――その閉鎖を存続に変えさせてくれたのだから、感謝してもしきれぬ」
そうだったのか。
「ワタシたちエルフは、平和と叡智を尊ぶ。スラヴェナ王女様に付いているガイ殿よ、城内のエルフはあなたに付こうぞ」
「それは……ありがとうございます」
人の繋がりには、よくよく驚かされる。
「しかし、ピエールさん? ミシェルさんは……姉がいると言っておりましたが」
「ワタシだ。――仕事のときは女々しさが出ないようにしているのだ」
うわぁ、やられた。エルフは顔も声も上品すぎる。
他の種族なら女だろうとは思ったが、そういう顔のモブエルフが、工場内だけでも数人いたからな。オジさんやベルトラン爺さんぐらい味のある顔の男、もっと多くてもいいんだぞ?
「ワタシが女だと言うと、みな驚くのだ。うまく化けていると思う反面、ワタシには魅力がないのだろうかと落ち込んだりもする」
「あー、種族がエルフのせいですよ。あなたは十分魅力的です」
「魅力的か……。ありがとう、ガイ殿。あなたも同様にな」
え?
「セレーナ王女様を負かした船の話、お聞きした。あれでみな興味を持ったのだ」
おいおい。
「ピエールさん。エルフは平和を尊ぶはずですが」
「ああ、そしてエスプリも愛するのだ」
――左様で。
縁は異なものアジなもの……などと思っていたら、アジを餌にハマチが釣れた。
「最近、たいそうご活躍のようね」
「これは、セレーナ様」
城内で、ハマチ女とばったり出くわしたのだ。
「あなた、思い通りに進んでいて、身も心も軽いんじゃないの?」
「いえいえ、日々の仕事をなんとかやっている感じです。浮ついて見えたのであれば、引き締めねばなりませんね」
スッカスカだけどな。
ハマチは鼻を鳴らした。
「そう……。ならば気を付けなさい。魚ってね、ナワバリ荒らしには敏感よ?」
脅しのツモリかね。
そう言われると、かえって反発したくなる気持ちが分からんようだ。
「ご忠告、痛み入ります」
「ええ。――ところでガイさん。ずっと気になっていたのですけど」
「なんでしょう」
「あなた、妙にわたくしに対してだけ、当たりが強くありませんこと?」
「私が? いえ、滅相もない」
「そうかしら? あなたのやり口は、敵を作らず味方にしていくモノだとばかり思っておりましたが、わたくしにだけはキツいんですのね。気のせいかしら?」
「まったくの杞憂にございますよ。セレナ様?」
すると、すかさず訂正が飛んだ。
「セレーナ。わたくしの名前は、セレーナ。――たびたびお間違えになるけれど、それも神経に障る要因の1つですわよ? 悪癖は、お直しになった方がよろしいですわ」
ハマチはプリプリと怒って去っていった。
ふふっ……。当たりが強いだと……?
いいカンしてるじゃないか。
入れ替わりに、お嬢様がやってくる。
「ねえねえ、ガイ。今日は爬虫人さんも鞍替えしてくれるって」
「よろしゅうございましたね、お嬢様」
私はすぐに頭のモードを切り替えた。