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第2話

 死神。

 魂の回収者、管理者であり、生命の死を司る伝説の神の類。大鎌を振り下ろすこと

でなんらかの魂を取り、自分の魂を取らせない為には他者の魂を差し出す必要がある。

 ただし、悪魔のように欲望のために動く悪いものではなく、あくまで神に仕える神、

死を迎える予定の人間及び意思疎通可能の生物の魂が現世を彷徨い続けることのない

よう、冥府に送り届ける仕事をしているだけに過ぎない。

 神話などで明記される死神や、現れたら不吉の予兆とされてきた為悪いもの、とみ

られがちである。


***


 いつかの本で読んだ、死神の知識の鱗片。


 「ただの空想が、ここに現れたということですか、死神さん。」


 少女は信じていなかった。ただ、十割疑っているわけではない。所謂半信半疑、というもの。

 事実、少女の寿命は近いとされていた。そんなこと他者には知り得ない。


 「仕事は仕事、俺は君の監視役。一週間楽しいことがあるかもしれないよ、俺と居て。」


 そんなこと、少女にとってどうでもいい。今見えている疑問をただ問いかける。


 「幽霊的なものではないんですか、死神って。」


 少女は言いながら、ちらりと自称死神が写っている窓を見る。

 先ほど外を散歩して居たお爺さんもこちらを見て笑ったのだ。それが、自称死神の笑っている間だったのだから尚更、自分だけに見えているものではないことがわかる。


 ───疲れてるだけ、と思ったんですがね。


 「実体はある。ただ君の見ている姿は俺の本当で、さっきのお爺さんや、俺が話した看護師さんにはごく普通の人間に見えている筈だ。」


 なるほど、と。

 こうして会話を繰り返す間も、死神はへらりくらりと笑って会話を繰り広げる。少女はただ自分の疑問をぶつけ、淡々と、淡々と。知識を蓄えるための手段を繰り返す。

 だがそれが死神にとって、面白いものではなかったらしい。


 「本物の人形か、君は。ここまで面白みのない人間は初めてだよ。」

 「人間に面白みを求めて何になるんです。そもそも死に間際、面白みのある人間な

んて居たことあるんですか?」


 「あるよ。」即答だった。

 もともと饒舌なタチなのだろう。簡単に言葉がぽんぽんとその口(視点から考えれば面)から言葉が生まれるのは、少女にとって正直羨ましいものであったらしい。

 少女は、まだ未成年。およそ十五しか生きて居ない。死神の年齢など分かりはしないが、少女よりも生きているに違いない。


 少女は家族しか知らない。

 家族しか、よく知らない。


 だからこそ死神の〝面白かった人間の話〟は少女にとって、死神が自分よりも多く生き、そして人と関わってきた死神が心底羨ましかった。


 ───こんなことで、恨めしいと思うとは。


 だが同時に、こんなに人間にとって違うのだと、やはり他人は他人なのだと理解が深まった瞬間だったといえる。


「──。たくさん居たけど。」死神は少女の羨望の眼差しに苦笑し、続ける。「君のように冷たい子もいた。でも死ぬ寸前、俺にねえ、───なんて言ったと思う?」


 「他人の気持ちなんて分かりません。」


 鼻から想像していない、の間違いではないか。そんなことを突っ込む人は、この場にも恐らくこの世にもいない。


 「だろうね、君はそんな感じする。」


 死神は先ほどに比べたら幾分か楽しそうだった。また死神だけの笑い声が病室に響く。窓から吹いた静かで心地いい風は、その余韻をすぐに取り除いてしまった。


 「ありがとうって言ったんだ。きっとその子は心地よく意識を飛ばせたんだろう。幸福だったんじゃないのかな。」


 少女には、疑問が浮かんだ。死神が言ったその人間がなぜ感謝の言葉を述べたかについてなんかじゃない。

 「ねえ、死神さん。」静かに息をつく。「幸福、って何ですか?」


 ───ああ、いい質問だ。


 「そうだなあ。俺にとっての幸福はもう、長く生きすぎてわからなくなった。」


 少女はそんな答えを望んでいたのではない。不要な答えに変なことを聞いてしまった自分すらため息をつきたくなっている様子。


 「だから君が、俺に魂を回収されるまでに、幸福とは何か教えてくれないかい?俺は人間じゃあない。だから、もしかしたら君が、人間という種族に対して馬が合わないだだったとしたら、見つけられるかもしれない。見つからなくてもいい。楽しかったことを、最終日に俺に教えて。」


 少女は目を見開いた。死神の前で初めて少女の表情が全体に出たものだった。

 喜怒哀楽というように、表情や感情に関したその四字熟語の中に驚という字はない。

 驚くという感情は、確かに軽いものはあれど、衝撃だった、と。そう言えるものはきっと人生の中で少ないのだろう。だが少女にとって、それは寿命を申告された時よりも衝撃だったと言える。

 自分に対する要望が、まるで押し付けではなかったことが、少女にとってはおよそ初めてのものだった。


 ───怒哀以外の表情を初めて見せる人間はこれが初めてだ。


 「きっと大した答えじゃないですよ、あなたがいう面白い人間には慣れないでしょう。」

 「いいよ、それで。君の思う幸せでいい。俺はそれでいい。」


 少女はその質問で、あわよくば死神からの所謂課題とも取れるものを拒否しようとしたのだろうが、死神にそれは伝わらない。

 どころか、死神は最初の禍々しさがなくなり雰囲気が柔らかくなった。

 少女にそれは伝わらない。

 コンコンコン、とノックが三回。「入りますよ。」看護師の声。

 一気に現実に引き戻される。

 死神は、ぎゅ、とボロボロの黒いフードを病的なまでに白い指先で目深まで被る。目深、と言っても面だからただ、視界が遮られただけで少女にとって彼が不気味な格好をしていることに変わりはない。


 「おっと、時間切れ。じゃあね人間。また来るよ。」


 引き戸の音とともに、音もなく、それとも引き戸の音にかき消されたのだろうか。

 死神の姿はまるでそこに元々なかったのではないかというくらい、少女が一目離した隙に消えてしまっていた。


 さっき、死神の笑いの余韻を吸い取っていってしまった爽やかな風は、見舞い品も何もないただ真っ白な病室に、まだ吹き続いている。


 ───うざったい。


 死神の声はあんなに透き通って聞こえたのに、今隣にいる看護師の女性はまるで自分の体にまとわりつくような声だった。

 心の中で、悪態をつく。

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