作家高校生くんと女子大生弟子
平凡な容姿とはどういったものだろう、と俺は思う。
身も蓋もない言い方をすればよく見る顔だ。だから大概の個人は自分の顔こそ平凡なものと捉えるだろう。
けれども、自らを大多数に含めるのではなく、少数、しかも価値ある希少性の側にいると勘違いする人種が少なからずいる。
俺の閉じた人間関係においては永居久子が例にでる。
俺は男であることと特別な関係性のため久子、トワコの貴重性は喜ばしい。
一方で悔しい思いもしている。
「センセー」
「おう、出来たか」
できたよー、と若干間延びした声を出してトワコはスマートフォンをタッチ操作してメールを俺のデスクトップのメールボックスに送る。
メールの中身を見る。内容は三千文字程度のワンシーンを書いた掌編だ。三千文字と言うと二十×二十の原稿用紙八枚びっしり書くほどの濃厚さだが、トワコの文章は短い。読みやすいと言えば、読みやすい。
俺は三十分ほどかけて軽く誤字脱字を指摘し、トワコのお気に入りの顔文字に対して多く使われているため効果的ではない、と苛つきながらコメントし添削したメールをトワコに送り返す。
当然トワコは抗議する。
「えー、顔文字かわいいじゃん、いっぱいあるとホワホワしなぃセンセー」
「黙れ、そんな浮かれた擬態語のような気分にはならん。創作は自由であるべきだとは思うが無作法では、読者に自分を押しつけているだけだ」
さんざん言っただろう、と俺がいうとトワコはマシュマロみたいに柔らかそうな頬を膨らせる。いやこの場合は餅か、と思いながら薄くメイクした顔をつつく。
「子供の頃に教わらなかったか? 自分がされて嫌なことを人にしてはいけません、と」
「じゃぁ、センセーだって私にイヤぁな事してるよー」
「イヤじゃなくてトワコが認めないことだ。人の話は聞きましょう」
「人の話は半分に聞け、ともいうよねー」
ほほぉ、と俺の顔は青筋が立っているような気さえする。ぴくぴくと動く額に努めて冷静に声を振り絞るよう注意を払った。
「じゃ、俺の指示はいらないか、このクソ弟子」
「ーー……そんなこと、いってないじゃん」
バカ、と小さくこぼすのは俺とトワコの二重関係の内もう一つの方をいっているのだろう。
恋人、俺とトワコは小説の師匠と弟子と言った関係に加え恋愛関係にもあるのだ。
キャスター付きの椅子にもたれ掛かっている俺はクルリとトワコの方に向き抱きすくめて耳元でこぼす。
「ごめんな、トワコ。でも、俺は好きだから、おまえとおまえの文章が好きだからいっているんだぜ?」
「うぅ、でも最初に書いた私の小説いっぱい赤入れたじゃん」
「俺だって初めに書いた小説は読んでくれた奴に九割赤入れられたよ」
それでも俺は自分の書いた文章は俺らしい、と思っている。
「最初の内はそんなもんだよ、トワコ」
「そぉかなぁ、誰かさんがひどくいうからぁ、私才能ないんじゃって思ってるんだけどぉ」
ハハハバカいうなよ、と俺は笑う。
「ある訳ないだろ、才能なんて」
「ひ、ヒドいなぁ!」
「高々十万文字にも満たない量しか書いていない分際で、才能云々を語ろうなんて十年早い」
「結構少ないんだね、十万文字ってぇ」
ほぉ、と俺は目を見張る。疑問を言葉にしてトワコから根拠を引き出す。
「私、三千文字は書いたじゃん」
「そうだな、正確にはもう一万文字は書いている」
「十万割る三千で、ざっくり三十日」
「そういうことだ、さすが大学生ちゃんと計算は出来るんだな」
「じゃあ、三十日毎日三千文字書いたらセンセーと同じ位に立てるかなぁ」
「ハハハ、ライトなめるなバカ」
それこそ十年だ、と俺は笑う。
「俺は十年前から小説しかなかった」
「でも、今はあるでしょ?」
そうだな、と頷く。
「久子さんがいる」
「そぉだねぇ、重やん」
明日はデートだね、久子がいう。
楽しみだなぁ、と久子がいってくれる。
俺よりも年上の久子が期待してくれるのは嬉しいことでもありプレッシャーでもある。
俺こと千野重興と永居久子はアパートの隣同士だ。先にアパートに住んでいたのは俺だ。高校生の俺が一人でアパートに住んでいるというのは昨今の世俗に即したものではあるが、それでも少数ではあるだろう。
俺が一人で暮らせる理由は小説家になったと言うことが大きいだろう。むしろそれ以外にない。
五年前小学生だった俺は引きこもりだった。いじめが原因だったけれどもそれで卑屈になることはなかった。学校が教える役に立たなさそうな知識を少ない脳の容量に入れなくてすむと考えれば悪いことではなかった。
そのころ俺は小説の賞を取った。文学としても認められるようになったアニメ調のイラストが表紙を飾るライトノベルのマイナーなレーベルの賞だ。
早すぎるプロ、なんて呼ばれた。でも過去には俺より低い年齢で、しかも本格推理小説で賞を取った奴もいるのだから早すぎるほどではないだろう、と静かに思っていたのだ。
俺は小説だけ書いていければいいと思っていたが、出版社の方はそうは思っていないらしい。
小説家を一種のキャラクターにして、購買層にアイドルのように見せようとしている風潮がある。
俺は後書きを面白くするから顔バレはやめてくれ、と契約している。
いじめが学校に行かなくてもいい理由になる、とはいっているが俺はメンタル鉄人ではない。いじめられてコンプレックスになったことだってある。
一番大きいのは顔だ。俺の容姿は人よりも劣っている。実際はわからない。少なくともいじめの矛先は、顔に向けられた。
劣っているのか、それとも希少性故やっかまれただけなのか、幼い俺は前者であるとして逃げた。
小説に、逃げた。
幸い現在において環境というのは恵まれている。
小説の投稿サイトというのはごまんとあるし物書きに限らず創作家と知り合うことの出来るSNSは豊富だ。
ひたすら書いた、最初はただの二時創作の妄想小説だった。そこでけなされ、何にも価値のないクソをお前は必死に生産していると笑われたこともあった。
けれども俺はそれでも書いた。意味もない物を書いていると言われても書くことだけは俺はやめられなかった。
だってーー物を作ることは楽しいから。
そうして、俺は天命だと思う。小説を書くことが俺に出来ることだ、と。
そうすることでコンプレックスに思っている俺の顔も作家という付加価値がつくことで薄められるかもしれない、と思ったのだ。
コンプレックスが解消されない内に俺は高校生になった。
編集さんが俺の第三の親になっていた。彼女の話で俺は学校に所属しよう、と思えたのだ。
通信制の高校だ。年に何回か登校しなければならないのが億劫ではあったが義務教育も終わり、自分で物事を学んで成長していく歳になったということも理由であった。
成長しなければ、俺はずっとこのままだという恐怖が原動力だった。
「じゃあ、俺、ちょっと学校行ってくる」
「オッスオッス、いってらー」
久子さんにいうと、俺は外出用のスーツに着替える。制服という物はない。通信であるため私服登校を許されていて何故大人が着るようなスーツを着ているのかと言う問いには、俺が初めて買った外出着だったから思い入れがある、と言うものだ。
鏡はあまり見ないためこの姿を見る久子さん以外の反応は馬子にも衣装というのが大半だ。俺もそう思う。今更変える気もないが。
駅について電車に乗り学校へと行く。
授業を受けるというより仲間に会いに行くと言う意味合いが強い。
仲間、まさか俺がそんな言葉を使える日が来るとは思っていなかった。
イガグリ頭のケンジと眼鏡をかけたインテリっぽいゆかり、そして最後に子供っぽいそーめん。
「よー、センセー」
ケンジの陽気な声にすこし俺は緊張する。ケンジではなく俺自身の問題だ。仲間であるとは思う、けれどもいじめられていた記憶がこびりついている。
どもりながらもケンジたちに挨拶を返し、いつものゲームの話題ではなく真剣な顔をして続ける。
「なぁ、お前等……デートって何すればいいんだ?」
きわめて切実な問題だった。
ゆかりが言葉にする。
「おっきー、それは冗談かな? リア充特有の幸せ宣言かな?」
「センセーよぉ、かまととぶってんじゃあないぜ。それは俺の方が聞きてぇよ」
「ケンジくん、彼女いないでしょ?」
発言で、ケンジは使い物にならないことがわかったが、ほか女子二人に意見を聞く。
「そうね、彼女さんにもよるけど映画がいいんじゃないかしら。その後は映画の内容の討論を喫茶店なり軽食屋でやってショッピングとか」
「私はゲーセンかなぁ。プライズでぬいぐるみ取ったりお菓子取ったり、後ダンスゲーやったりねぇ」
と、女子がまくし立てると男子である俺とケンジはほへぇとこぼしながら聞き入っていた。すると視線がケンジに向く。
「ほら私たちがいったんだからケンジも出しなさいよ」
「そぉだよぅ、童貞のデートプラン教えてーよ」
「く、クソ、お前等童貞をなめるなよ! え、えーとだな、その、満喫でマンガ見たりカラオケいったりとかーー」
「童貞のデートプランね」
「童貞のデートプランだね」
「ち、チクショー! でも勝ってる気がしないから仕方ねぇな、その評価!」
「ほら、次はおっきーだぞ」
「え?」
「そうそう、私ら頼みだけってのは男子らしくないよー」
「そうだぞ! このリア充、俺だけ童貞臭いっていわれるのイヤだからな!」
「いや臭いも何も、俺ーー童貞だけど」
一瞬の沈黙、の後ーー教室中に真偽を問う疑いが響いた。
「イヤ、俺まだ未成年だぜ? 彼女を犯罪者にするわけにもいかないだ、ろ?」
「あー、こいつセックス楽しくない系男子だ」
「義務的な感じで一回やった後ピロートークも出来ない系男子だねぇ。すぐ寝ちゃう系男子だね」
「なぁ、ケンジ、俺間違っているか?」
「人間と男のどちらに天秤を傾かせるかの問いだな、それ」
正直なところ女どもの会話は俺には刺激が強かった。久子とその、セックスするようになるのか、と思ったら想像してしまう。そこから頬が熱くなって妙に気恥ずかしくなった。
結局ゆかりのプランを採用した。
俺の中ではケンジのプランも悪くないと思っていたが、女子二人の悪評のため久子も同じように思うのではないかと考えたからだ。ゲーセンは引きこもりの俺には敷居が高すぎる、軽く挙動不審になってしまうだろう。それにプライズというのがUFOキャッチャーのことだとはそーめんに教えてもらうまでわからなかったのだから、どうなるかもお察しだろう。
映画は何を見るかと言う点でも悩んだ。正直いって俺は映画はあまり見ない。どうにも寝てしまうのだ。アニメ系なら寝ないが、彼女との初デートでアニメ物もどうかと思っていたのだが。
「重やんの好きなのでいいよー」
と久子がいってくれたので甘えることにした。見るのは日朝の少女向けアニメにしようとツィッターでつぶやくと、事情を知っているフォロワーのそーめんとゆかりが二つの意見をくれた。
あかん、と、日朝の視聴人口を考えろ、という意見が来た。
それでも久子もそのアニメは好きだし、というか一緒に見ているし、悪くない選択とも思ったのだが。
そして、夜が明けて俺は五時三十分に起きる。まだ暗いこともないがすこし冷える。
インスタントの味噌汁に目玉焼き昨日の夜に作り置きしていたほうれん草のお浸しIHでタイミングを見計らって出来た焼き魚を朝食にして食べ終わったら、シャワーを浴びて歯を磨き髭を剃る。
そうしてもまだ六時をちょっと回った程度だ、出かけるにしてもまだ早いし、久子もまだ寝ているだろう。
八時にでても余裕はあるので、俺は掌編を書くことにした。
四つは堅い。ので五本を目標にポメラで打鍵する事にした。
俺は一応プロという扱いだ。よく勘違いされることがあるのだが、プロになったら書かなくていいということと印税暮らし、ということだ。それは誤りだ。
野球のプロが練習を欠かしたら当日のゲームでは相応の結果がでることは納得されるのが、俺としては納得がいかない。プロこそ書かなければならない。
なぜならプロには面白いことが当然で、なおかつ新しい娯楽を提供し続けなければならないというタスクが科されるのだ。
俺もシリーズを持ったことはある、けれども、泣く泣く打ちきりという扱いになったことも、当然ある。
出版不況と呼ばれているが、その通りで初版しか刷ってもらえないというのはざらにあって、すぐ絶版ということもなくはない。今は電子書籍というシステムもあるから、データ自体は残るけれども書籍としては残らないということもよくある。
俺も電子書籍を利用している。便利なものだし、しおりも多種多様な付加価値がある。リアルで本を読むのがばかばかしいとさえ思えるが、久子は違うのだ。
久子は脳天気なように見えて読書に俺よりもこだわりがある。
「本を読むのは紙じゃなきゃイヤだなー、か」
間延びした声音をまねしていう。そうだな、久子のようなキャラの話を書こう。
思い立って目隠れ系のキャラを思い話を書いていく。せっかくだから話をつなげていこう。
キャラクターを動かすことは演劇やドラマの演出に似ていると思う。キャラが勝手に動くのはいい兆候だ。
話はだめでもキャラはいい、というマンガやラノベは結構ある。そういう作品はなんだかんだで残る。
売れる、ではなく残る、だ。売れなくはないのだが、そこんところは詳しくはわからない。印象として俺は残ると定義づけている。
なぜ紙じゃなきゃイヤなのか、久子を模したキャラクターは勝手に語り出す。それに困難を加えていく。何でもない日常の話はその時点で異常だ、とはよくいう。そして俺は日常系のプロではない。
だから練習するんだ、と思っている。子供と大人の違いなんて、大事と捉えた物事をどれだけ練習したかその量だと思っている。
そうこうしていると八時だ。スマートフォンが振動して伝えてくれる。
結果は四本は達成したが、五本目は途中という物だ。
敗因はキャラクターが勝手に動きまくった、というところだろう。勝手に動いているシーンの特徴は描写が長くなること、話がなかなか進まないといってもいいだろう。
ふぅ、とため息をこぼしてポメラをケースに入れて鞄にしまう。コートを着ていつも通りに出かける。
隣の部屋の久子はまだ眠っているようで明かりはついていない。
デートの時くらい一緒に出かければいい。更にいえば自宅デートくらいしか一緒にいない。甘えている、とも思えるが、甘えていい女だと思ってもいいのだろうか、と問う。
ちなみにさっきまで書いていた久子もどきは甘えん坊だ。一人だと寂しい、というタイプ。
久子もそういうところはある、それがきっかけで俺たちはつきあうようになったのだし。
「久子ーー入るぞ?」
チャイムを押して合い鍵でドアを開けて俺は久子の部屋にはいる。
ふわり、といい匂いが鼻腔をくすぐる。フローラルの芳香剤だ、香りに気遣った女の子の一面をかいま見て俺はいいな、と思った。
頬がつり上がるのを感じながら玄関をあがる。猫のスリッパを履きながら久子の寝所に入る。
「あ、れ? センセー?」
寝ぼけ眼をこすりながら久子はベッドの上にいた。
ジャージで。
俺はいいな、と思った。イかれてる、とも思う。久子だから何だっていいと思えるのだから。
「おう、でも今日は重興だ。一日中重興だ」
「あ、ゃ、わ、私こんなカッコだし、すっぴんだし、で、出てけー!」
久子はぬいぐるみを投げつけて俺を拒む。まぁ、仕方ないか、と思ってとりあえず感想は返しておく。
「久子、かわいいぞ?」
「あ、ぅぅ、出てけぇ」
久子、顔がにやけているぞ? とはいわない。続く口が奇妙なかわいさを持ったぬいぐるみで封じられたからだ。
「で、で? 今日はどこいくのかな?」
「映画館だ」
内容でひかれるかとも思ったがタイトルを口にした。
「あ、あぁ、け、結構評判いいよね?」
「そうなのか?」
なるほど、とうなずきながら久子の態度を見る。化粧した顔はすこし緊張と疲れが見られる。乗り気だった初デート当日に寝坊するということに俺は疑問を思える。
「昨日は夜遅かったのか?」
「ぅん、ちょっとねぇ」
まぁ、いいか、と思いながら座り込んでいる久子の手を取る。
「飯でも食いにいくか、まず。お腹すいているだろう?」
久子は俺の手を姫君のように力なくとる。引き寄せる力は騎士のように加減してーー口づける。
「いきましょうか、姫」
「うん」
総合商店と銘を打っているデパートは日曜ということもあって人混みがあった。県庁所在地にあって唯一人が道を歩いていてもおかしくはない場所だ。
映画館は最上階にある。採光窓のない暗いフロアはどこにもまして人がいて、X県でもっとも高い人口密集率なのでは、と思える。
「混んでいるな」
引きこもりだった俺にはこれは予想外だ。加えて映画も映画館で見ることがまれであるのだ。何でこの場所にきたかというのもゆかりのアイデアを採用したからだ。早くも帰りたくなってきた。
「じゃ、じゃあいくか」
「ぅん」
手を引きながら視線が集まっていることが伺える。理由は何だ、と気にした表情を顔に出さず耳で探りを入れる。
賞賛の声が漏れるのと侮蔑が聞こえる。前者は久子の容姿をかわいいだのきれいだのというもので、後者は俺が久子に釣り合っていない顔だという嫉みだ。
要するに羨望だが、なれない感情だ。
「ん? なぁに重やん?」
俺の見上げる視線に気恥ずかしさの表情を覚える久子は、周りの目に気づいた様子は見えない。
「なんでもない」
俺の言葉に軽く追求するが俺の二度目の同句に軽くうなずいて久子は軽くあくびをした。
「眠いのか?」
「ぅ、うん、ちょとね」
「映画館には数えるほどしか来たことがないんだが、飲み物はコーラでいいのか?」
「そだね、コーラが定番だけど、アニメでは飲まないかも」
「ポップコーンとコーラのイメージだが、そうでもないのか、ふむ」
「あくまで私のポリシーだけどねぇ」
会話しながらも鬱陶しげな視線は集まってくる。
ゆかりとそーめんどっちもの呟きで日朝の視聴人口というワードがあったと思うが、ようするに非モテのオタク人口が圧倒的に多いということだ、と今更になって気がつく。
ツィッターを見てみるとそーめんが今まさに俺に陥っている状況を見てきたかのように呟いていやがる。
とりあえずすげぇなそーめんとゆかりにリプライしといた。
映画が始まると視線はやんだ。一方向に視線が集まるから当然といえば当然だけど、本来の目的は俺ではなくこのアニメ映画なのだと考えれば、俺は異分子であり無視するのが当然の存在だ。いらだちは覚えるかもしれないが、いらだつために時間を割きに来たわけではないので当然の行動といえばその通りだ。
映画の導入はきわめて平凡ながらもその中に話に引き込むためのシリアスな伏線があった。
そこから徐々に視聴者を引き込み悪の提示が起こる。明確になった悪と主人公たちの対決、そして悪をも救うプロットは見習うべき点であると俺は作家の領分でも私的な思考でもともに思った。
映画が終わる。徐々に明るくなる箱の中で俺は恋人の姿を見る。
「あー」
寝てる。
ん、どうしたものか、と初デートなんだが、と思いながら恋人を揺すって起こした。
「そんなに怒んなぃでよぉ、重やん」
「イヤ、怒ってない」
実際怒ってはいない。久子の反応を見るだに俺は仁王像のごとくまさに仏頂面をしているのだろう、地顔だ、見たことないけど。
「俺が悪かった」
「なぁに、それ?」
整理しよう、提案してきたのは久子だ。怒るべき俺ではなく久子が琴線に触れたようにも見える。
「まず、私が夜更かししてたから寝ちゃった、私にマイナスぅー。重やんも私とコミュ取りしなかったマイナスいーち。どっちも悪い悪いだから、おっきーもハイハイ俺が悪い悪いって逃げないでよお」
「お、おう」
「ん、えらい」
何を賞賛されたのか、直感ではわからなかったけど、たぶん久子は自分を悪いといって遠回しに責任を久子にあるのだと逃げなかったことだろう、と思う。
「しょーじきさ」
私メンド臭くない? 久子の問いかけに俺は素直に。
「あぁ、そうだな」
「ヒドいなぁ」
笑う久子に俺は答える。
「メンド臭い久子に俺はひかれた。俺の方がもっと面倒だろ」
「イグザクトリー、デート、なんて銘打ったって結局遊ぶことなんだからさ、気軽にいけばいいんだょ」
んでさぁ、と久子は言葉を続ける。
「実は私の方が悪かったんだぁ」
「なんでだ?」
実は、言葉に俺はうなずく。
「俺の呟きを見てからレンタル屋いって軽く予習復習したのか」
軽く、のせいで寝坊した。
「眠気は、とれたか?」
「ん、まぁね」
「じゃあ、もう一回観に行くか?」
「え?」
「大丈夫、俺は俺で楽しむから」
予習復習するほど楽しみにしてくれたんだろ? 笑っていう俺に彼女は照れてうなずいた。
「んぐぅ、ごめん」
「まぁいいっこなしだろ」
日朝の映画は地方においても絶大な人気を誇っているというのがわかる一日だった。
要するに、満席でその日は見ることが叶わなかった、ということだ。
「来週、もう一回」
来たい、ということなのだろう、今度はちゃんとコミュをとっている。
「あぁ、もう一回。二回目のデートでこよう」
笑顔で同じアパートへの帰路に就いた。
その後、結果を仲間たちに報告すると。
「彼女が偉い」「つーかよく我慢できるなぁ」「二回目も同じデートとかないわぁ」
とさんざんな酷評だった。