02-In the left chest
どんなに化物だらけでも学校は存在するのである。
ある以上はいく義務も存在するのだ。
溜め息混じりに制服に着替える。
ジャケット、カッターシャツ、スラックス。
どこにでもある、普通の高校の制服だ。
さすがにまだ朝御飯を食べていないし、何かの拍子にジャケットを汚すのは洒落にならないので、ジャケットは椅子にかけておく。
僕の部屋は2階にあるので朝御飯を食べるためには1階に降りなければならない。
1階に降りていくと母が台所で料理を作っていた。
髪は後ろでひとつに結わえていて、エプロンをしている。
母は料理上手で優しい、自慢の母だ。
「ほら、早く食べてしまいなさい。」
食卓の席に着いた僕にそう言いながら出してきたのは、動く、何かだった。
何か、そう抽象的に表現してしまったけれど、それは見たことあるもので。
と言っても医者や看護師でもない限り、恐らく生で見ることはないであろう物体。
精々ドラマ、マンガあたりで見たことがある程度の物体。
すべてあげるのも嫌なので簡単に言ってしまおう。
まだ生きているように動いている。
五臓六腑。
それが今日の朝食だ。
「せっかくわざわざ、私が新鮮なものを手に入れたんだから」
『手に入れた』。
買ってきたでもなく、貰ったでもなく。
いや、買ってきたでも貰ったでも恐ろしいことに代わりはないのだけれど。
手に入れたということはどこかで獲ってきたと言うことだろう。
先程姉についていた真っ赤な血はその生物のもの、と言うことだ。
「こういうのは姉さんの方が好きだろうから姉さんにあげてください。」
そう言って立ち上がり、去ろうとすると台所で後片付けをしていた母が振り返って「勿体無い。」と言った。
振り返った母の目は真っ黒で。白の余地がないくらい黒々しかった。
口は顔の端まで裂けていて、その笑顔は狂気性に満ちていた。
「だから姉さんに食べてもらってください。」
「こんなに美味しいのに?」
そう言って僕の座っていた席の前の皿に手を出す。
そして持ったものを口に運び、噛み、喰らう。
心臓が喰い破られて中の血が飛び散る。
母の手の中で溢れた血は滴り落ち、テーブルに斑点を作っていく。
「ほら」
そう言って、母は自ら喰らったものを僕に差し出す。
その衝撃で、正確には慣性の法則で。
手の中の血がこちらに飛び、僕の左胸の辺りについた。
白いカッターシャツの上を赤い血が広がり、染み渡っていく。
「こんなにおいしいのに。人間の臓物」
母は聞いてもいないのに、そして知りたくさえないのに、わざわざ要らない事実を告げてくれた。